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So Long

Chapter #1 水分70%

目覚めたときにここは舟の中なんだと言われればそんな気になってしまうような細長
い部屋だ。
南向きの窓からみえる雑木林がさわさわと風に揺れている。不規則な形をした緑色の
生物がゆっくり呼吸をしているようだ。
二人の男は窓際に置かれたテーブルで向き合って座っていた。二人とも中年と呼ばれる
ようになってからたっぷり十年は経っているような年嵩だ。
窓ガラスを通して入る陽の光でカップのコーヒーから上る湯気が銀色に輝いた。
トマトと胡瓜のサンドイッチを一口囓りビールを飲むと顔を上げた男はモーザン。サン
ドイッチが不味いのか、ビールが不味いのか、それとも機嫌がわるいのか・・強張った
顔つきだ。
煙草の煙を吐きだしウイスキー・ソーダを飲んでいる男がララファン。ウイスキー・ソーダ
が美味いのかそれとも機嫌が良いのか雑木林をみている顔はほころんでいる。


「どうしてさ・・」ララファンがぼそりと言葉を床にこぼした。
モーザンはサンドイッチで口をいっぱいにし、返事のかわりに怒り肩から不穏を放った。
熟れすぎたトマトのような不機嫌が部屋の中を流れた。
ララファンは焼き茄子のような呑気で不機嫌を払いのけ話しを続けた。

「あの映画・・『明日に向かって撃て』さ。ラストはあそこで急に終わったんだろ?」
サンドイッチを食べる手を止めたモーザンはやれやれという表情で答えた。

「あの先に起こることは誰でも分かるからカットしたんだろ」

「主人公の二人は助からない?」ララファンは煙草の煙を細く長く吹き出した。

「助かると思うか・・」モーザンはサンドイッチの皿を脇へよけテーブルを右拳で叩いた。

「奇跡は起きない?」

「だろうな・・・」

「今の俺たちは・・?」

「もっとやばいな」

「でも命まではとられないだろ?」

「あのな。連中との契約には・・失敗した場合の担保腎臓二個って書いてあるんだ」

「それが?」

「知らないのか。人間はな腎臓を二個取られたら生きていられないんだ」

「たった二個で?」

「二個で全部だ」

「サーカス団へ売られた腎臓は練習をつんで空中ブランコ乗りになる。サーカス団の
花形スター”そら豆兄弟”の誕生だ」

「・・・・・」

「じゃあさ。こんなのはどう?
棚から落ちてきたぼた餅を拾って・・猫が持っている小判と交換して・・漁夫のリー君に
小判を渡して二人乗りの蜘蛛の糸を手配してもらって。
こんな町とは今日でおさらばさ。なんてのは?」

「黙れ!」

「それじゃシンプルにさ・・ヒーローが現れて助けてくれるとか?」

「ヒーローは・・口うるさい中年男を助けない」

「・・・それは差別だ」

「あのな。ヒーローが現れて一発逆転なんてのはな、めったに起きないんだ」
モーザンは立ち上がり冷蔵庫から新しい缶ビールを出して口へ運んだ。

「一発で無理なら三発打てば逆転できるかも」ララファンは落花生の皮を割るような
乾いた声でけろりと言った。

「いいか。こんなくそったれな状況に首までつかっているときに・・ふざけるな」
モーザンは声を投げつけた。

「サイコロを振ったのはあんただ」ララファンは苦い笑いをぽんっと放った。

「出た目に乗ったのはおまえだ」

「ああ。俺はあんたと遊ぶのが好きだからな」

「それが・・このざまだ。どこで状況が狂ったんだ?」モーザンはテーブルの脚を蹴った。
テーブルの上で跳ねたウイスキー・ソーダのグラスをすくいあげて飲むとララファンは
笑いながら言った。

「想定外のことは起きるものさ」

「この計画に破綻はなかったはずだ」

「十二時過ぎにガラスの靴を置き忘れる作戦をたてても、王子は興味がなかったかもしれない」

「準備にぬかりはなかった」

「あんたは欲張りなのさ。もっともっとと無茶なオプションを計画に盛り込む。
 エスキモーに冷蔵庫を売ろうとするような無茶だ」

「貪欲はな・・現代の美徳なんだ。無欲で謙虚なんてのは砂漠の砂より価値がない」
モーザンはビールを飲み終え拳で缶を潰すと話を続けた。
「俺が貪欲ならお前はなんだ?いつも楽しけりゃいいっていういい加減な生き方だ」

「いい加減じゃない、良い加減だ。俺は良い湯加減のような人間なのさ。
いいか、人間の本質は嬉しい・楽しい・気持ちいいだ」

「お前が手を抜いたんだ。。だから完璧だった計画も実行段階でクラックがはいった」

「ほんとは人間の本質は水分60%だ。猫は水分70%で蜜柑は水分85%だ。
だから猫や蜜柑はみずみずしい存在なんだ」

「は?」

「だから。蜜柑のような存在は人間じゃくて、猫なんだ」

「そんなことはどうでもいい。おまえがガラスの靴に王子好みの香水をふりかけるのを
忘れたから計画にクラックがはいったんだ」

「クラックがはいってスタックして身動きできなくなったら抜け出す方法を考えりゃいい」

「どこだ・・この計画のどこに間違いがあったんだ?」

「間違った答えを添削するより、新しい解答を作っちゃえばいい」

「そんな簡単じゃないんだ!」

煙草の箱をつかんだモーザンはララファンの顔めがけて投げた。椅子を回転させてよけたララファンは向きなおると笑って言った。
「考えるのはあんただ。俺はそのアイデアに乗って楽しむ」

「・・・・・」

青いインクのような憂鬱を両手で振り払うと顔から笑いを消したララファンが喉を
ごくりと鳴らして低い声で言った。

「いいか。アイデア出しはあんただ。計画立案はあんたで、実行は俺だ。
命懸けで考えろ。そのあとは技術屋の俺にまかせろ。
このくそったれの泥沼からあんたを引きずり出してやる。命懸けでな」


そのときだ。部屋のなかに陽をたっぷり浴びた檸檬色の風が吹いた。
窓の隙間から一匹の猫が入ってきて蜜柑が転がるような軽やかさで床に飛びおりた。
サバトラ柄の毛並みのオス猫だった。
尻尾を上にたててゆっくりと歩く姿はふてぶてしくもあり老齢のおもむきだが緑の瞳は
美しく輝き背中から後ろ足へのラインが柳のようにしなやかに揺れた。
テーブル近くまで来ると歩くのをやめうずくまった。
身体を内側に丸めると後ろ足で首を掻きはじめた。
ひとしきり首を掻いておおきな欠伸をすると首輪から紙片が落ちた。木枝に結ぶおみくじ
のように畳んで折ってある紙片だった。
前足で紙片を前へ前へと押してララファンの足元まで運ぶと目を細めて笑っているような
顔になった。
紙片を拾い上げて見ているララファンにむかって「なんだよそれ?」モーザンが声を投げた。

ララファンは机の上に紙を広げて置いた。
紙には下手くそなひきつった(まるで爪で書いたような・・)平仮名でこう書かれていた。


『やりかたはみっつしかない
 ただしいやりかた
 まちがったやりかた
 おまえのやりかただ』


二人はにやりと笑った。
数秒後。
笑いが爆発した。

「だ、そうだ!」笑いやんだララファンが言った。

「ああ。俺のやりかたでいくしかないんだな」モーザンはまだ笑っていた。


ゆらりと風が吹き周囲の景色が膨らんで見えた。
猫はまた大きな欠伸をすると後ろ足で首を掻き目を細めた。
檸檬色の風が背中の毛を波のように揺らした。


猫は身体を内側に曲げ丸くなり後ろ足だけ伸ばして眠っている。
大きな疑問符のような形になって眠っていた。

春とはいってもまだ風はまだ肌寒い。ララファンが大きな疑問符に毛布をかけると
モーザンが呟いた。

「こんなのはどうだ?」

「いいんじゃないか」にやりとララファンが笑った。

「まだ話してねえよ」ぐすりとモーザンが笑った。


寝返りをうった猫は身体の内側で前足と後ろ足を繋げて円をつくった。

「ほら。マル・・だってさ。猫もそれで良いって賛成してるぜ」ララファンが軽やかに言った。

「だから。まだ話してねえって」モーザンはまだ笑っていた。


猫が大きな欠伸をするとまた陽を浴びた檸檬色の風が部屋のなかを吹き渡った。
景色の輪郭と色がすこしにじんだ。



Chapter #2 so long

ここから始まる報告はフィクションではなく事実です。
(センスのない悪ふざけではなく……残念ながら事実です)

2016年03月16日夕刻のことです。
マルが旅立ちました。
我慢せず気ままに機嫌良く毎日を謳歌した17歳10ヶ月でした。

マルは2011年6月に糖尿病と診断され、それから朝・夕2回インスリンを注射してきました。
この1年で5.2キロの体重が3.9キロまで減りましたがマルは体重減少なぞどこ吹く風・・
『それがどうかしたか』とばかり、食べ・眠り・動き・食べ・眠りの機嫌の良い毎日でした。
2〜3ヶ月前から徐々に動く量が減ってきてもまあ寄る年波もあるのさと思っていました。
なんといっても旅立つ2日前でさえ朝には階段を昇り2階で眠る僕を起こしに来ましたし、
僕が座るソファへジャンプして登ってきたほどですから。

かつてはインスリンを朝3単位・夕3単位注射していのが徐々に減量し、昨年秋からは
朝・夕1単位となりました。
インスリンを減少していったのに今年2月初旬からは間歇的な低血糖発作に3回みまわれました。
インスリン製剤の変更や用量を減量調節することで対応し、2月下旬から2週間以上は発作が
なかったのですが……。
3月13日の発作はインスリン減量前の2月よりひどい発作で。それでも注射器で砂糖水を口へ
入れ飲ませると元気になりましたので安堵したのですが……。
15日には希釈インスリン0.33(1/3)単位という少量でも低血糖発作が出現し一旦は砂糖水
で回復したのですが……。同日入院し点滴もしましたが体調は回復せず翌16日夕刻に自宅で
見守るため退院となりました。
19時30分でした。マルはゆっくり呼吸を止めました。
僕のお腹の上で眠るのが好きで、妻の膝の上で休むのが好きな猫でした。
最後も妻のその膝の上で休んだまま眠りにつきました。
苦しそうなそぶりもみせず手早く身支度を整えた慌ただしい旅立ちでした。
マルらしいちょっと自分勝手で少しそっけのない幕引きでした。



Chapter #3 幕間のご挨拶

茜色の夕焼け雲が雑木林の上へながれてきたころ、2人は台所にいた。
モーザンは米を手早く研ぎ炊飯器にセットした。その中へ冷蔵庫で眠っていたサンマ蒲焼き缶詰を汁ごと全部入れ、さらには昆布茶と梅干しを入れた。炊飯器のスイッチを押すと、トマトジュースを飲んだ。
ララファンは大根とオクラをマヨネーズとカラシであえたサラダをつくった。
50分後。
炊き込みご飯を大皿へ盛るとその上にきざんだ青葱をのせた。互いに湯気をかき分け大皿から自分の小皿へ移した。
それを2人はビールを飲みながら無言で食べた。
猫のような速度と猫のような集中力で食べた。
食べ終えた二人は食後の運動代わりに始めるかというような雰囲気で言い合いを始めた。

「おまえは好き勝手やってばっかりのふざけたやつだ!」モーザンが声を張り上げた。

「そういうあんたは欲張りだ!」ララファンが声を張り上げ応じた。


窓際のラジオではボブ・ディランが『I shall be released』を歌っていた。
床に寝そべっていた猫が新玉葱のような甘えた声で鳴いた。


***


マルは我慢をしないで好き放題に行動する猫でした。いつでも朗らかで機嫌良く行動する
猫でした。
そして遊びにも食餌にも貪欲で欲張りな猫でした。手にしたいものにはすぐに立ち上がり
猫パンチを繰り出しました。

僕がマルから教わったこと。

良い機嫌で『とても楽しい(ララファン( lot of fun ))』と生きることが大切なんだってこと。
そして『もっともっと(モーザン( more than ))』と欲張りになること、
満足して立ち止まらないこと。
そしてそして『オレはオレのやり方でやる。お前はお前のやり方でやれ』でした。

ああ。マルはつくづくビートニクでロックな猫でした。

今回はマルの『幕引きのご挨拶』になるような物語にならないかなと思い書き始めました。
それでも書いているうちにこう思いました。
マルの新しい写真は載せることはもうできないけれど、物語の中になら何度でもマルは登場できる。
そこで。
今回は幕引きじゃなくて、マルからの『幕間のご挨拶』ってことにさせて頂くことと相成りました。
それでは。
マルからの幕間の挨拶です。


『おたのしみはこれからだ』



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大滝詠一 『夢で逢えたら』




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コメント 28

猫爺

マルくん、頑張ったんですね。
17歳10ヶ月、天寿を全うしたのではないでしょうか?
by 猫爺 (2016-03-27 20:29) 

ニッキー

マルちゃん、舞台を虹の橋の向こうに移しちゃったんですね。。。
愛し愛されたマルちゃん、これからも物語で出会えるのを楽しみにお待ちしております。

by ニッキー (2016-03-27 21:54) 

dolphy

ばいばい 悲しいね 
by dolphy (2016-03-28 20:32) 

maki

ああ、マルさん…
 
でも、笑いながらカッコよく新しい旅を始めるんでしょうね。
どうか、良い旅を!!
by maki (2016-03-28 22:10) 

moz

マル君の幕間のご挨拶、受け取りました ^^
マル君、虹の橋で走り回っているのでしょうね。
by moz (2016-03-29 14:11) 

hatumi30331

マルくん、残念でした・・・・
でも、奥さまの膝の上で〜
きっと綺麗な虹の橋を渡ったことでしょう〜
色んな事を教えてくれたんですね。
いい思い出も残してくれて・・・
マルくんとの時間・・・宝物に〜
お互いの新たなステップに向かって下さいね。
by hatumi30331 (2016-03-31 23:45) 

johncomeback

天寿を全うしたんですね。
僕も良い機嫌で生きたいと思います。
by johncomeback (2016-04-01 09:02) 

engrid

なんてことなの
バイバイはそっけなく、オレはオレのやりかたで。。。

by engrid (2016-04-01 18:24) 

yes_hama

悲しいなあ。。。
by yes_hama (2016-04-01 23:04) 

のらん

マルさんは、マルさんのやり方で、
マルさんの猫生を疾走したのですね。
カッコいいなぁ。。。
by のらん (2016-04-02 15:45) 

ゆきち

マルさん、幕間のご挨拶ありがとう。
マルさん、カッコよすぎます。
マルさん、悲しいです。


by ゆきち (2016-04-03 15:53) 

green_blue_sky

マルちゃん、次のお話を待っています。
悲しい・・・
by green_blue_sky (2016-04-06 07:19) 

そらまめ

マルちゃん、旅立ってしまったのですね・・・
今年はほんとに旅立つ子が多くて
きっと虹の橋は大賑わいだと思います。
その方がマルちゃんも寂しくないかな。
うちもこれからそう遠くない未来にそういうことが
続くのかと思うと、今を大事に楽しく過ごさせてやりたいと
思います。
by そらまめ (2016-04-07 08:36) 

空楽

マルさん
ありがとうございました。
by 空楽 (2016-04-07 09:53) 

JUNKO

悲しいお知らせに胸が痛みます。まるちゃんの瞳は永遠に心に残ることでしょう。
by JUNKO (2016-04-12 11:26) 

ミリダ

月並みな言葉ですが、どうか元気になって下さい。ララファインそしてモーザン受け取りました。
私は獣医を目指して頑張ります!
そして、多くの生き物を救います。
マルちゃんのためにも、私のためにも、そして素敵な小説家のC-boyさんのためにも。
by ミリダ (2016-04-25 05:44) 

ねこじたん

かっこいいまるたん…
かっこいいまま旅立ったのですね
おれはおれ おまえはおまえ
こゝろにとまります
物語のまるたん 待ってます
すごく すごく遅くなって
すみません
by ねこじたん (2016-05-13 08:57) 

hatumi30331

元気ですか?
もう初夏ですよ〜♪

by hatumi30331 (2016-05-13 22:50) 

hatumi30331

今日も暑い!ビールが美味しい季節やで〜〜〜〜♪^^
by hatumi30331 (2016-05-24 08:57) 

なんだかなぁ〜!! 横 濱男

ご訪問とniceありがとうございます。
by なんだかなぁ〜!! 横 濱男 (2016-05-27 23:21) 

yhiga-siura

こんにちは
ご訪問、けーちゃんへのお悔やみありがとうございました。
by yhiga-siura (2016-06-14 16:18) 

bun-ta

いい写真がいっぱいですね。(*^^*)
うちの長老猫16歳。
長老のお母さんは15歳で旅立ちました。
お母さんの年齢超えたけど、長老どれくらい長い気できるかなあ。
お薬とお付き合いしながらぼちぼちの毎日です。
いいね、ありがとうございます。
by bun-ta (2016-07-18 21:39) 

hatumi30331

毎日・・・溶けそうです。^^;
by hatumi30331 (2016-08-08 10:12) 

hatumi30331

台風の影響・・・・
カラカラの大阪もようやく雨です。
適度に降って欲しいね。
by hatumi30331 (2016-08-29 12:25) 

hatumi30331

もう冬・・・・
寒くなってきたね。
by hatumi30331 (2016-12-14 23:41) 

hatumi30331

明けましておめでとうございます。
時々遊びに来てね。
更新も・・・待ってるよ。^^
by hatumi30331 (2017-01-05 16:09) 

ねこじたん

遅くなりましたが
今年もよろしくお願いいたします
by ねこじたん (2017-01-05 20:11) 

hatumi30331

サクラサク・・・
そして今日は桜吹雪なり。(笑)
by hatumi30331 (2017-04-15 12:12) 

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