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A Moon Like Gin and Lime

大きな台風が通り過ぎた夜の新宿ゴールデン街。


バー「酒場 G」には客が溢れかえっていた。
わいわい。がやがや。そわそわ。ざわざわ。


夜半にドアを開けて入ってきた客が大きな声で言う。
「今夜の月はスゲーぞお」

1人の客が言った。
「ママ。ジン・ライム!」

店にいた10人の客全員が口々に言った。
「オレも」「ママ、こっちにもジン・ライム」「オレもオレも」

客達は全員ジン・ライムを片手に店の外に出て月を眺めた。

台風が雲を薙ぎ払った空に大きな月が登っていた。

コンパスでシュッと一息に描いたような正確な円の満月だった。
手塚治虫がフリーハンドでくるんっと描いたような柔らかい円の満月だった。
夢二が描いた女の手鏡に映る月のように艶やかだった。

「おお。良い月だ」

新宿ゴールデン街。
ヒトが往来できる限度の幅を確保しただけの道の両側には飲食の店が入れ小細工のように立ち並ぶ。
日本全国どこにでもあるような歓楽街と路地を…それを、エスプレッソ・マシンに入れたように
ギュッと圧縮したことで密度と濃度と体温が上昇した街。
猥雑と喧噪を敷き詰め、情熱と哄笑を解き放った街。
詩と歌が漂う街。
物語のキック・オフを予感させる街。

「おお。良い月だ。たっぷりと大きくて、堂々として貫禄がある。
 そのくせ控えめな感じなのがイイ!」

「立派で・・どこに出しても恥ずかしくない月だ!」

「誰はじることのない月だ!」

倭は 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる 倭しうるはし

青々とした森や山が見えない、夜の新宿ゴールデン街だって…
蒼い月明かりに照らされればうるはしくは映る。
酔った目には。

全員が大きな声で歌い始めた。
歌は・・叫びになった。
吠えてるヤツだっていた。

『Oh 雨上がりの夜空に輝く
 Woo…ジンライムのようなお月様
 こんな夜におまえに乗れないなんて
 こんな夜に発車できななんてぇぇぇ!』

『ガッタ・ガッタ・ガタッ・ガタッ・ガガガッ』

全員が叫んだ。 『愛しあってるかい!』
全員が吠えた。 『イエーイ!』


RCサクセション「夜の散歩をしないかね」



【蛇足】

大合唱はしばらく続いた。

ミャーン。
どこから出てきたのか。
1匹の猫が僕の足元に頬を擦り付け甘えてきた。
盛岡のマルと同じサバトラだった。
首輪と鈴がついていたから野良猫ではないようだ。

ジンライムをおねだりしてるような態度の猫にむかってボクは言った。

「ジンライムが飲みたい?ダメだよ酒は、君は猫なんだから」

「キミの掌に数滴でいいんだ。ボクにジンライムをくれないか?」

ここにも・・人間の言葉を話す猫がいた。

通りに面した酒場のドアが開いた。
ママらしい年の頃は60代の綺麗なオンナが出てきて大きな声で叫んだ。
「知らない人についてっちゃだめでしょ。
 ほら、戻ってきなさい、キヨシロー!」


【続 蛇足】

新宿ゴールデン街に『酒場 學校』という名のバーがある。
ママのR子さんが1人で切り盛りしてきたお店。

詩人 草野心平さんが新宿御苑前で『バー 學校』という店を開けたのが1960年。
「安保反対 本日開店」という五色刷のビラを配ったらしい。
その店を手伝っていたのがR子さんだった。

草野心平さんが旅立ったあとに新宿ゴールデン街で再開した「學校」。

40年以上通い続けた客もいるらしい。
常連客の年齢構成をみると40、50歳代はハナ垂れ小僧だ。
ボクも当然、ハナ垂れだ。

多士済々とか百家争鳴とかが理解出来なかったら學校に行ってみるがいい。
酒もツマミもありきたりだが、居合わせた客同士の会話が面白かった。
30歳代の前の方にいた頃のボクにとっては・・授業料を払っても聴きたい話だった。
そうなんだ。學校だった。
そんな楽しい學校だって不愉快な思いをしたときもあった。
不愉快な思いをさせたこともあった。
玉石混淆。若かろうが年配だろうが関係ない。
素敵もいればクズもいる。当たり前だ。ココは學校だ。
入学拒否はない。

ボク?
成績も素行も不良のボクは卒業できなかった。

その學校が今月末日で"閉校"となる。

40年以上通い詰めたある常連客は・・11月1日の仕事は休みにしたという。
10月31日・・いやいや11月1日の早朝まで宴は止まないのだろう。

全員が叫んだ。 『愛しあってるかい!』
全員が吠えた。 『イエーイ!』


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註:本編と蛇足はフィクションです。
続 蛇足は事実を基に構成しました。


タグ:學校

Soul Man

盛岡のR&B好きのあいだではけっこう有名な彼。
アメリカからやってきたソウル・マン。
白髪・白髭に黒眼鏡、上下白のスーツできめた・・レジェンド・オブ・ソウル。

毎週金曜夜の路上ライブ。
アメリカ出身の彼にしては珍しく今夜歌っていたのは日本のソウル・ナンバーだった。
それでも間奏のときには。
いつものように、オーティス・レディングの口調を真似てこう叫んでいた。

"We all love each other, right? ... Let me hear you say YEAH!"
(「愛しあってるかーい?」)

路上で立ち止まって聴いていた30人が一斉に叫んだ。「イエーイ!」


『だれかが僕の邪魔をしても 
 きっと君はいい事おもいつく
 何でもない事で僕を笑わせる
 君が僕を知ってる・・・』


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RCサクセション 「君が僕を知ってる」



"サンキュー・・ベイベー・・・
サンキュー・・モリオカアアア! ドーモ アリガト 感謝しまーす!"

"もう最後の曲になっちゃいました!なっちゃいましたぁぁぁ!
もう1発やるぜえー!
イカしたロックンロールはセツナくてアマいバラードになるんだぜっていうこの曲を!
この曲をみんなにッ!
ザ・クロマニヨンズのこの曲を!「雷雨決行」”

キーボードのイントロが始まった。
それまで手を叩き、靴でアスファルトの道を踏み鳴らしていた連中が静まった。


『合言葉は雷雨決行 
 嵐に船を出す
 引き返す訳にゃいかないぜ 
 夢がオレたちを見張ってる・・』


斉藤和義 「雷雨決行」([コピーライト]ザ・クロマニヨンズ)



最後の曲を歌い終わるとソウル・マンは観衆の拍手にこたえて手を振り、お辞儀をした。
お辞儀から姿勢を戻すとソウル・マンは動かなくなった。
微塵も。
1mmも。

彼はミュージシャンからパフォーマーに戻った。
彼は同じ衣装と扮装のまま動かない。固まった。
作り物の彫像のように固まり、動かないのが
これが・・彼のパフォーマンスなんだ。

彼を叩くと"コンコン"と音がするようだった。


【蛇足】

暴風雨の朝だった。空には雷が断続的に光り空気と地表を震わせていた。
波止場に建つ宿舎には乗組員が全員待機していた。

こんな嵐の海へ出航するわけがない。
天候の激しさとは対照的に乗組員は弛緩していた。
ある者は煙草を吸いながら窓の外の揺れる波を観ていた。
ある者はラジオの天気予報を聞きながらビールを飲んでいた。
トランプに興じるグループもあった。

乗組員A「こんな雷雨なのに船長は出航するって言ったのか?」
B「・・ああ」
A「本当か?」
B「本当さ・・この耳で聞いたんだ」
A「無茶だぜそりゃあ。この嵐の海に船を出して・・どう船を操るっていうんだ?できっこない!」
B「・・・・・」
A「どうして?どうしてそんなことするんだ?なあ、船長は何て言ってるんだ?」
B「オレは・・燃えるんだって・・」
A「・・うん?なんだって?」
B「荒れ狂った波の上で船をねじ伏せるのが船乗りの生き甲斐なんだって言ってさ。
 " 燃えるなあ ”って言って目ぇギラギラさせて海を睨んでるんだ」

『合い言葉は雷雨決行 嵐に舟を出す』宿舎の廊下に船長の歌声が響いた。

A「そんな合い言葉があるかよ?それじゃ命がいくつあったってよ・・」
B「アレは船乗り達の合い言葉なんかじゃねえ。
 あれは・・船長の・・呪文だ」
C「去年の嵐の日には、彼女と喧嘩したあとで・・
 " ああ、むしゃくしゃする!"って言って雷雨の海に船を・・」
A・B「そんなあ!」

廊下から聞こえる船長の歌声が大きくなった。
『合い言葉は むかつく! 嵐に舟を出す』

A・B・C「・・・・・」



ボクが原稿を書いていたMBAのディスプレイをマルが覗きこんで言った。

「どうしてさあ、こんなにイイ曲からこんなくだらないコント劇を思いつくかなあ、オマエは!」



Invisible Person

眠りから覚めた朝のことだった。
マルと一緒にリビングに入った・・ときのことだ。

なんと言ったらいいんだろう?
どう言ったらうまく伝えることができるんだろ?

見たままに言うしかないんだけど。

リビングの・・ソファのところ
ソファの上空?・・だからなんと言っていいのか・・
ソファの座面の上・・背もたれより上の空気中に黒いサングラスが浮いていた。
そしてソファの座面がそこだけ窪んでいた。

奇術か?
でも・・奇術師がいない。

考えられることは1つだった。

マルも同じ考えだったらしい。

「やれやれ」
ため息混じりにボクはマルに言った。

「透明人間か・・」

「・・透明なキリン男かも?」

意を決して、空中に浮いたサングラスの辺りに向かって言った

「・・君は?」

低い中年男の声が返ってきた。

「あのな。オレが誰だってさ、そんなことはいいだろ。
 オレを見ろ!オレがまともに見えるか?
 まともに見えないヤツに素性を聞いてどうする?」

マルはじっと虚空をみつめて言った

「まともに見えるかどうかが判断できない。オマエは見えない」

「ハハッ。猫のほうが冷静じゃないか」

「・・・・・」


「そんなことよりな。
 そこの棚にな、映画のDVDやBlu-rayがたくさんあるじゃないか。
 けどな洋画ばっかだ。もっと邦画も観ろ、邦画を」

「もっと言ってやってくれ。
 コイツはバカだからさ。頭が硬いからさ。
 海外作品が邦画より上等だと思っている。
 古い映画が名画だと洗脳されている。
 しかも映画は役者じゃなくて監督がつくるもんだと思ってる」

「ギャハハッ。オマエは面白い猫だな。
 ホントに猫か?
 怪しいなあ。こんな猫みたことないぞ、オレ」

「そっちはもっと妖しい。オレは透明人間を初めて見たぞ」

「おい。そんなことはどうでもイイんだよ」

「・・・・・」

「ええと。オレはさ、寒いから服をな、着るよ」

「えっ・・じゃあ今は?」

「あのな。よく見ろ。
 空中にサングラスが浮いてる状態なんだよ。
 じゃあ、透明人間はどうなってる?全裸に決まってるだろうが」

「ええー、全裸なの・・」

「・・・ああ」

「あっ、それじゃパンツも穿かないでボクのソファに座ってるのかよぉ」

「そんな小さいこと気にすんな。
 ちなみにオレのは大きい。ガハハハッ!」

「笑えないよ・・」


***


「おい。オレはな。
 服着るからさ、その間に、ほら、酒。酒ぇ準備しろ。
 それとこの部屋は禁煙か?だろ?
 オレは気にしないから・・吸う。灰皿がわりの空き缶だせ」

横柄な透明人間だった。
口調も乱暴だった。
声は低くどすが効いていた。
しかし。
口調は乱暴だが・・どうも憎めない口調だった。
話し始めに必ず「おい」、「あのな」、「ええと」を入れる独特の間合い。
そして低音だが軽妙な抑揚と音階が変化する個性的な声。
憎めないどころか・・油断すると引き込まれそうな声と口調だった。


透明人間は床に置いてあった鞄から服を出した。
次に鞄から出したのは化粧道具の入った木の箱。
歌舞伎役者が楽屋で使うような化粧箱にみえた。
刷毛が白いドーランをすくい取った。
空中に浮遊した刷毛が顔に・・顔と思われる部分に・・白粉を塗った。

顔が現れた。
四角い顔だ。顎が張っている。頬に肉がついている。
額の眉の部分がやや突出していた。
唇は上が薄く下が厚かった。
40~50代のどこかの・・男の顔だった
男の・・そう、ゴツゴツした男の顔だった。

目に黒のカラーコンタクトをつけた。
目はおちつきなく動いた。栗鼠のように。
ゴツゴツした顔に嵌めこまれた優しい目だった。

「どうだ、化粧がうまいだろ?オレな、役者なんだ」

次に空中に浮遊した刷毛が白粉を塗っていくと・・
首・胸・腕・手・足首・足が順をおって現れた。
腹部・股間・大腿・下腿に白粉を塗らないのは服を着るからだろう。
白い顔の男はニヤリと笑うと、右手に持った刷毛を股間へ・・

「そこは塗らなくていい。そこは現すな!」マルは慌てて言った。

男はグレーのジャージー生地のパンツを穿きパーカーを羽織った。
フィラデルフィアの人気者の老ボクサーのような格好になった。

最後に髪にも白粉を塗ると、ボサボサ髪が現れた。
鼻の下と顎には短い髭がみてとれた。
石膏像のようになった男は最後に・・
レイバンの大きな黒サングラスをかけた。

エッ・・ある男に似ていた・・瓜二つだ・・いや本人なんじゃないか?
役者って言ってたよな?
でも・・まさか!
低くくぐもった声にも聞き覚えがあった・・
でも・・そんな!


***


「おい。グラスとウイスキー・・それと、氷。
 それとな。オイル・サーディンの缶詰出せ。
 見たんだよ、さっき。冷蔵庫の中を。お前らが寝てるとき。
 缶詰の蓋を開けたらな、缶のまま火にかけろ。弱火だぞ!
 油がグツグツいいだしたらすぐ火を止めろ。
 でな。火を止めると同時に醤油をほんの数滴、黒胡椒を少々。
 最後に浅葱。細かく刻んでさ、上にな、かけろ」

横柄が加速していった。

ボクはテーブルの上をかたづけ、ウイスキーとグラスを置いた。
マルは調理を開始した。

マルはテーブルの上にオイル・サーディンを置いた。
マルはそのほかに2品をつくった。
料理好きの猫のプライドだ。
マルはベアレンビール・アルトを飲みながら楽しそうに調理していた。
男はロックでフォア・ローゼズを飲んでいた。
ボクはマルが作ってくれたギムレットを飲んでいた。

男が言った。
「ギムレットを飲むには少し早すぎるだろ」

「・・・・?」

マルが白い皿をテーブルに置きながら言った。
「まだ始まったばかりなのに・・" ロング・グッドバイ "はないだろ?
 " さよならを言うのは少しだけ死ぬこと " だぜ」

「ギャハハッ。
 生意気な猫だ。
 チャンドラーを読むんだな、オマエは」

白い皿の上には、一口大に切ったの秋田の燻りがっこが沢山のっていた。
燻りがっこには切れ目を入れ、スプーンですくったウオッシュチーズが挟んであった。
オイルサーディンもチーズを挟んだ燻りがっこもウイスキーに良く合った。

次に出したのは白いスープカップ3つに入ったアヒージョだった。
ホタテ・グリーンアスパラ・セロリ・マッシュルーム・エリンギ・プチトマトが入っていた。
クレイジーソルトを入れたのと、熱いプチトマトの甘味と酸味の印象が鮮烈なので、まるで白ワインをオリーブオイルに変えたアクアパッツアのようだった。

氷で冷えたウイスキーとグラス。
冷えた唇に熱々のアヒージョが心地良かった。

「ええと。マル・・オマエは偉いな、それと美味い。
 猫舌のオマエが熱々の料理をだした。感動した。
 感動したからもっと飲む」

「・・・・・」

「よし。歌うぞ!
 知ってるか。酔う・歌う・踊る。
 この3つを守ってればな。人間はなんとかなる」

「ならねーよ」酔いで目が少し充血したマルは反論した。

「よし。歌う。演奏はいらない、アカペラだ。
 コーラスは許可する。絡みたければ絡め」


『ひとり飲む酒 悲しくて 映るグラスは ブルースの色
 たとえばトム・ウェイツなんて 聞きたい夜は 横浜ホンキートンク・ブルース
 中上健次なんかにかぶれちゃってさ
 フローズンダイキリなんかに 酔いしれた
 あんた知らない そんな女 横浜ホンキートンク・ブルース・・・・・・』


間違いなかった。瓜二つなんかじゃない。本人だった。


***


「ヨシオさん!」

「初対面なのに馴れ馴れしく名前で呼ぶな!」

「ハラダさん・・」

「あのな・・この曲を聴いてさ・・今さ。
 どーせ、来てくれるならユーサクがよかったのにって・・思ったろ?」

「そんなー」

「あのな。ユーサクの相手はお前らじゃ無理だ。
 理由は言わないけどな、無理だ。ガハハハッ」


楽しい時間が流れていった。

「あのな。自分の思いつきなんてたかが知れてるんだ。
 それよりな。
 誰かと出くわして、出会い頭でぶつかった瞬間に思いもよらないモノが 
 ポンと出てくるんだよ」

「自分自身の細胞が反応して気づいたらな
 いいか。
 役柄の自分が勝手に動くんだ」

「遊び道具としての自分の肉体はどんどん衰えていく。
 その衰えを時には笑いながら、見届けながら楽しむんだ」

男は独白のように語り続けた。
彼独特の抑揚とリズムでの語りは「芝居」のようだった。


***


「オマエの好きな役者は?」

「原田芳雄・・さん」と、マル。

「ふんっ。そっちは?」

「ダニエル・デイ・ルイス」

「うん。ヤツは良い。
 PTAが監督した石油採掘者の映画が良かったな」

「PTAって?」

「ポール・トーマス・アンダーソン」

「マルはちゃんと知ってるじゃないか」

「・・・・・・」

「PTAの、" ザ・マスター " は観たか?」

マルと一緒に釘付けになって観た映画だ。

「凄かったろ?素晴らしい映画じゃない、スゲー映画だ。
 PTAは物語の流れよりも役者をカメラで追った。
 物語の展開よりも役者の演技を撮り続けた。
 憑かれたように演じるホアキン・フェニックス
 フィリップ・シーモア・ホフマンのやりあいをフィルムに焼き付けた。
 そりゃあスゲー映画ができるさ」

「・・・・・」

「観てるこっちが怖くなるような2人の演技だったろ。
 いいか。
 " 撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけなんだ!"」

「また、フィリップ・マーロウじゃないか・・」


***


「マル、おまえは料理が上手くて、チャンドラーを読む猫なんだな」

「そんなに単純な存在じゃないけどな・・」

「ギャハハッ」

「スタインベックもアップダイクも読むぞ」

「誰だそれ・・?」

「マルタ騎士団ゆかりの彫刻の鷹みたいなものだ。
 " 夢が詰まってるのさ "」

「おっ。ハメットならオレも読むぞ」

「・・・・・」

「おい。そっちの人間。
 映画もいいけど、本も読め!」


***


「うん。良い酒だった。料理も美味かった。
 話も面白かった。
 あっ、話はオレの話が面白かったんだけどな」

「・・・・・」

「生意気な猫も面白かったしな。
 よし。それじゃな。〆とするか。
 帰るぞ、オレは」

男は服を脱ぎ、白い化粧をクレンジングで落として透明になった。
最後にサングラスを外した。

「ヨシオさん・・」

ニャァーン・・ウウウ・・ミャウゥゥ。
マルは言葉を発せず、甘えるような拗ねるような声で鳴いた。

空中に声だけ響いた。
「芝居が終われば、役者は化粧を落とす。
 じゃあな。
 また・・来てもいいか?」

ニャァーン・・ウウウ・・ミャウゥゥ。

「じゃ。行くわ。さらばだ」


***


「どうしてさ、ヨシオさん・・来てくれたんだろ?」

マルは欠伸をしながら言った。

「酒を飲んで話したかっただけじゃないか?」


どこからかヨシオさんの声が降ってきた。


松田優作さんの葬儀でヨシオさんが語った弔辞だった。

「お前は今まで、テレビドラマや映画の中で何度も死んでは何度も生き返ってきた。
 それは優作、お前が役者だからだ。
 役者だったら、もう一回、生き返ってみろ!」



原田芳雄 「横浜ホンキー・トンク・ブルース」



【蛇足】

「あれかな・・よくさ、役者魂とかいうだろ。
 それで魂がさ・・透明人間になって・・」

マルはあきれたような目でボクをみて言った。

「あのなあ、本気で言ってるのか?」

「どういうことだよ?」

「分かってないなあ、オマエは」

「・・・・・」

「もともとな。
 役者ってのはな・・死なねーんだよ!」


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「誰も寝てはならぬ」屋主人より
本文中の透明人間男の科白内に、原田芳雄氏の演技に関するインタビュー記事を脚色し埋め込みました。
その他の内容は映画についての記述を含め全て創作です。
氏の発言ではありません。
氏を愛するファンの方々が不快にならなければ・・と、気を揉んでいます。
私も勿論、氏の大ファンです。


Time Thief

BSで放映されたプログラム「オシムの言葉」を観た
イビチャ・オシム氏へのインタビューで構成された"世界のサッカー分析"だった


冒頭のインタビューはこの質問から始まった

「あなたにとってサッカーとは?」

「時間泥棒だね。
 人生の全てをサッカーに使ってしまったよ。
 1度この仕事をやったらサッカーなしで生きられないんだ。
 サッカー界では今なにが起きているか全てを知っておかなければならい。
 サッカーのあらゆる情報を集めている」


***


昼なのに薄暗い部屋だった
窓を閉め切っていたからだ
板張りの床に板張りの壁
天井は薄暗くてよく見えない
部屋の空気は乾いていた

部屋の隅にオトコが1人立っていた
35才くらいか・・?
短く刈り揃えた黒い髪
黒縁メガネに黒い瞳
紅い唇は左端が少しつり上がっていた
この口から出てくる言葉は80%が皮肉なんだとでもいうように
上は白の半袖Tシャツに下は黒のデニム
白の半袖Tシャツから伸びた左前腕には「Chronus」と蒼いタトゥーがあった
妙な訛りを含んだ日本語を話したが・・どの地方のものか判然としなかった

オトコはボクに向かって歩を進めると
話し始めた

この界隈じゃあ、オレは「time thief(時間泥棒)」って呼ばれてるんだ
まあ、みんなはオレのこと、略して「T.T.」って呼ぶんだけどな

業界には秒針さえ盗めやしないのに・・時間泥棒だなんて名乗ってるヤツもいる
だけどオレは違う
長針・短針・秒針どころか・・文字盤さえ盗んでみせる
ソイツの時間を・・ごっそり根こそぎ盗んでみせる

いいか驚くなよ
オマエの時間は消え失せる

「オマエの腕時計は今何時だ?」

「午後3時だ・・」

「ヒト・ゴー・マル・マル(15:00)・・だな」


***


コトの始まりは3日前のことだ
酒場のカウンターで1人アイリッシュ・ウイスキーを飲んでいた
流れていたのはハード・バップ期のジャズだ
クリフォード・ブラウンのトランペットとソニー・ロリンズのサックスに
マックス・ローチのドラムが重なった"うねり"が心地良かった

ドラムに合わせて両手の人差し指でカウンター・テーブルを叩いていると
初老の太った男が話しかけてきた

白髪に黒縁眼鏡
白髭を鼻の下と顎にたくわえていた
白の上下のスーツに黒のボウタイ
ケンタッキー産のバーボン・ウイスキーを飲んでいた

「なあキミ、酒場に"鶏の唐揚げ"がないなんて、けしからんじゃないか、なあ?」

「・・・・・?」

「ところで。
 君は僕が話してる間も・・指でカウンターを叩いてるね」

「失礼。気に障るならやめるけど・・」

「・・ビートが好きか?」

男は言った
ビートが好きなら・・或る男のハイハットを体験してみろ!
打楽器はハイハットだけだ
金属と金属、金属と木が衝突する音・・ビートだけだ
その衝突音には飾りがない、リズムはけっして歌わない

ビートなんだ

男は最後にこう言った
「君の持ち時間がね・・少々目減りすることになるんだけどね」

「持ち時間・・?」


***


オトコが壁の電源スイッチを押すと
天上から吊された裸電球に灯りがともった

裸電球の下には・・ハイハット
2枚のシンバルは田園の稲穂のように黄金色の光りを跳ね返していた

腕は2本のスティックを操作しアップダウン奏法でビートを刻む
足でペダル操作し2枚のシンバルでリズムを刻む
4ビート・8ビート・16ビート・32ビート
アップビート・ダウンビート・バックビート・シンコペーション…etc.
あとは・・なにがなにやら・・

乾いた空気に金属の音が響いた

どしゃ降りの雨に見舞われたアスファルトが弾き出す音のようなビート・・
たくさんの子供たちが階段を駈け降りてくる足音のようなビート・・
熱いフライパンオリーブオイルの中で踊るタマネギの音のようなビート・・
梢を渡る風の音のようなビート・・

ビートは周囲の空気に絡まりうねりになった
ビートは裸電球の光に揺れ溶けていった

風が吹いた
僕の髪が揺れた

窓を閉め切った部屋に風が吹いたんだ・・たしかに


***


演奏が終わるとオトコはボクに言った

「腕時計を見てみろ」

「エッ・・・」

「ヒト・ゴー・マル・マル(15:00)・・だろ?」

「どういうことなんだ・・だってキミはたっぷり1時間くらいは演奏したろ?」

「・・オマエの時間を盗んだんだ」

「流れてるはずの時間を盗んだ?
 でもボクはキミの演奏の間に流れる時間を実感したんだ」

「時間は空間に流れてたんじゃない。
 オマエの心のなかに流れてたんだ。
 オレの生み出すビートに身を委ねたオマエの心に」

「・・・・・」

「時間泥棒は時間を盗むんじゃない・・オレが盗むのは・・心だ」


また風が吹いた

閉めきった部屋で空気が動かないはずなのに

時間泥棒が盗んだ"時"の狭間に空気が流れ込み・・
風が吹いた

風はビートの余韻をまとい・・ビートの余韻が風に揺れた


***

外に出てどこをどう歩いたのか・・どれ位の時間を歩いたのか記憶になかった

いつのまにかいつもの通りにでていつもの酒場に入った
TVの画面にはサッカーの試合が映っていた
『バルセロナ vs バレンシア』

バルサの6番・8番・10番が・・
カンプ・ノウの時間泥棒が・・風のようにピッチを流れていった

オシムが言っていたが・・バルサの展開の速いパス・サッカーをスペインでは
「ティキタカ」というらしい
ティキタカは・・英語で ticktack

チクタク・チクタク・・バルサはパスを回しボールは風になる
チクタク・チクタク・・観衆は時間と心を奪われる


フローズン・ダイキリを一息に飲み干した
涼風が身体のなかを吹き抜けた

ふいに笑いがこみあげた
ハハッ

アイツは時間泥棒なんかじゃなかった
アイツはビート・マニアなんだ
アイツはビートに・・時間と心を奪われたオトコなんだ

アイリッシュ・ウイスキーを飲んでいると・・
入り口のドアが開いた
白髪・白髭・白スーツの・・あの初老の太った男だった

やれやれ

今日は右手にKFCの箱を持っていた

ジョン・コルトレーン『A Love Supreme』に店主の苦笑いが重なった


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【蛇足】

帰宅しリビングに入ると・・マルがTVでDVDを観ていた

『ルパン三世 カリオストロの城』
ラストシーンの映像がながれていた

銭形警部「くそー、一足遅かったかぁ!ルパンめ、まんまと盗みおって。」

クラリス「いいえ、あの方は何も盗らなかったわ。私のために戦ってくれたので
     す。」

銭形警部「いや、奴はとんでもないものを盗んでいきました。」

クラリス「・・・?」

銭形警部「・・あなたの心です。」

クラリス「・・・はい!」


ボクのほうへ振り返ったマルは
クラリスの世話役のお爺さんの声を真似て言った

「なんと気持ちのいい連中だろう」


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