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五里霧中

「今年も残りわずかだな」
「ああ」
「ちょっとさびしいな」
「そうか?」
男たち二人がボソボソと話している。
「でもあれだな。まだ手つかずの新年がたっぷり残ってるもんな」大柄な男は
少し笑いながら言った。
「ハハハ。そのとおりだ。まだ手もつけちゃいない」小柄な男は喉をごくりと
鳴らし笑いを漏らした。


***


今思い出すと妙な日だった。
いつもはケチなおやじのたこ焼きのタコが大きかった。
テレビに映った気象予報士はいつもの自信家ぶりに似合わず明日の天気を断言
しなかった。
きまった時刻に食事をせがむ猫のマルが眠っていた。
大晦日の冬空なのにまるで夏のように青かった。
「どんな入浴剤つかってんだよ?」大柄な男は歩きながら空を見上げて隣の小
柄な男に言った。
二人の男が地元商店街のはずれにあるいきつけの食堂に入り、定食を食べはじ
めた時だ。電話の着信音が近くで鳴った。みるとテーブルの下の床にスマート
フォンが落ちていた。着信音を出しヴァイブで虫のように床の上で振動してい
るスマートフォンを大柄な男が手で拾いあげた。


***


「五里霧中だ」大柄な男は言う。
「・・・・・・?」小柄な男は返事をしないが大柄な男は話を続ける。
「カレーつくるときさ・・ジャガイモを一緒に煮込んでさ、イモが煮崩れして
 溶けてさ・・カレーがドロドロになってさ甘くなるってのがあるだろ。
 あれってさあ・・」
「なんだよそれ?」
「分からなくなるよな」
「何が?」
「これはカレーなのか・・それともカレー風味のジャガイモ・ポタージュなの  
 か・・なんなのか分からなくなる」
「なんだよそれ?」
「困ったもんだ。これからどうしていいのか分からない。
 方針も見込みも全くわからない」
「・・・・・・」
「五里霧中だ」
「今の俺たちだ」


* **


食堂の床から着信音を鳴らしているスマートフォンを大柄な男が拾い上げると
音は止み液晶画面にメッセージが浮かんだ。
『勇気はあるか?なあ運び屋の二人』
大柄な男は小柄な男にも液晶画面が見えるようにスマートフォンを机の上に置
いた。
『勇気だしてさ、オレの頼みを引き受けてくれ。』
小柄な男は一瞬だけ顔を険しくしたがすぐに鼻で笑って「こんなもん捨てちま
え」と言った。
『断ることなんかできぜねえぞ運び屋』
「ふざけんな!」小柄な男がスマートフォンに怒鳴った。
液晶画面に男たち二人の本名が浮かぶと消えた。それから次々と二人の過去の
仕事の記録が合法・非合法ないまぜになって液晶画面に浮かんでは消えた。
『どうだ?どんな相手かも分からない奴に自分のネタつかまれてる気分は?』
「ストーカーは犯罪だっての」困った顔で大柄な男は言い、小柄な男は無言で
液晶画面を睨んでいた。
『飯なんか食ってねえで店を出ろ。』
二人が座席のわきの窓から食堂の前を見ると黒いホンダのワゴン車が停まって
いる。
『車に乗るんだ』
二人が車を見ていると助手席のウインドウが下に降りて現れたのは短い髪の年
嵩の男だ。大きな鷲鼻の上に細い目がのっていた。
「悪党面だな」小柄な男が吐き捨てた。
「説明不要な人相の悪さだ。
 大晦日の今日聞いてみたいくらいだ。
 あなたは今年何回笑いましたか?笑顔の似合わないあなたが」大柄な男は笑
いながら言った。
小柄な男は黙って助手席の男を睨んでいたがコップの水を一口飲むとため息を
吐いた。
「新年の目標は『天真爛漫にしなさい』って教えてこようか?」
「相変わらずの悪党面のくそ野郎が」
「・・・・?」
「相変わらずふざけた登場の仕方しやがって」
「あの悪党面はおまえの出待ち?」大柄な男はまだ笑っていた。
「すまないが付き合ってくれ。
 あのオヤジは黙って素通りできない相手なんだ」
「どんなヤツ?」
「怖いヤツだよ・・・」
机の上のスマートフォンが音を出して新しいメッセージが液晶画面に浮かんだ。
『急げ。急ぐんだ。
 からすとうずら』
小柄な男はウッと唸り千円札を二枚机の上に置いて立ち上がった。
「顔文字も絵文字もないメールは冷たい感じだな」大柄な男は苦笑していた。


***


「五里霧中のときさ・・監督が言ったろ」
「なんの話しだ?」からすはうずらに聞いた。
「高校のときさ。サッカーの試合前に監督が言ったろ・・」
「・・・・・・」
「相手が俺たちじゃどうしようないくらい強いときさ。
 まあ戦略なんかが通用する相手じゃないってくらい強いときさ・・。」
「今そんな話をしてる場合かよ」
「監督は笑顔で言ったんだ」
「・・・・・」
「『当たって砕けろだ』ってさ」万策尽き果てた監督のような笑顔でうずらは言
った。からすは渋面で黙っている。
「でも砕けるのは嫌だろ」うずらはまだ笑っていた。
「・・・・・」
「暗中模索だ。
 シチューつくるときさ・・ジャガイモを一緒に煮込んでさ、イモが煮崩れし
 て溶けてさ・・」
「黙れ!」


***


黒のワゴン車は企業が立ち退いてから塩漬けになったままの廃工場で停まり、
二人は運転手の若い男と年嵩の男に前後を挟まれ工場内の部屋に連れ込まれた。
からすは「ちょっとトイレに行ってくる。話はそれからだ」と言い残し部
屋を出ていき数分後に戻ってくるとうずらは男たちと笑いながら雑談にふけっ
ていた。
年嵩の男から依頼の話が始まるとからすが爆発した。
「無茶だ。そんな仕事が受けれるか!」
うずらは笑ったままで大きな身体を覆っているブカブカのフランス軍用コート
のポケットから小さなフリスクのケースを出して二粒を口へ放り込んで笑いな
がら年嵩の男へ向かって話しだした。
「俺たちは違法なことはやらないんだ。せいぜい脱法までだっての。
 脱法だってけっこうヤバイんだけどな」
年嵩の男がニヤリと笑うとうずらが叫んだ「あっ、笑った。今年何回目?」
年嵩の男はうずらを無視してポケットから拳銃を出してからすに銃口を向ける
ともう一人の若い男も拳銃を取り出し銃口をうずらに向けた。からすは爆発を
しずめたがうずらは薄笑いのまま話し続けた。
「だからそれは違法だって。銃刀法違反だって」
「あのな。違法な仕事の中身を聞いて帰ってもらっちゃこっちは困るんだ」年
嵩の男は笑いを顔から消して低い声で言った。
「仕事を断られただけで相手を殺してちゃ事件になってアンタだってまずいだ
 ろ。悪いことは言わない。死体の処理も面倒だぜ」からすが困った顔で言う
と年嵩の男は鼻でフンと笑って「そこまで心配すんな。後のことは俺に任せろ」と
面倒くさそうに言った。
「あのな。俺を殺すと後が面倒だぞ・・」
「・・・?」
「化けて出る」からすは言ってから恥ずかしそうに顔を赤くした。
「オマエな。ギャグのセンスは相変わらずだな。
 どこの小学生だよ?」年嵩の男がゲラゲラ笑った。
「あっ。化ける化ける。こいつは『怪物くん』のファンだもん」うずらが無茶
を言うとからすは困った顔で「怪物と幽霊は違うんだって」とこぼした。
若い運転手が上着のポケットから黒い小さな箱のような物を出した。
「あのさあ。こいつは夏以外も出るよ。謹厳実直な働き者の幽霊だから年中出
 るよ」話し続けるうずらの首筋に男が黒い箱を当てると先端の金属から青白
い光が出た。うずらは急に話を止め膝から崩れて前のめりに倒れて動かなくな
った。「おい。なにすんだよ?ちょっと待て」からすは叫んだが若い男は無表情
でスタンガンをからすの右肩に当てた。男が「次の人どうぞ」と言ったらまる
で予防接種の流れ作業のようだ。
「ウッ」と言うとからすも倒れて動かなくなった。


* **


目覚めたからすとうずらは・・・目覚めた?そう二人は殺されちゃいなかった。
でも二人は困っていた。相当に。

二人は床に尻をついて座っていた。コンクリート打ち放しの壁からむき出しに
なった太い金属パイプに結束バンドで手をパイプに縛り付けられていた。後ろ
手で。二人が背中合わせに。

「おい。起きてるか?」背中越しにからすが聞いた。
「ああ。生きてるな俺たち。ところでさ」
「なんだ?」
「オマエさ。ホントに化けられるの?」
「知らねえよ」
「えっ?」
「まだ死んだことねえもんな。試したことねえよ」
「試せるかも・・・」
「はあ?」
からすには位置関係のせいで見えないが・・背中合わせのうずらの前にタブレ
ットPCが置かれていた。液晶画面には『08:33:55』と表示され右端の数字
が刻々と減少している。そう。まさに刻々と。
「刻々と減ってるな・・」うずらが珍しく困った声で言った。
「なんのことだ?」いらついて大きな声をだしたからすへうずらは状況を説明
した。
「それでさ。タブレットPCから伸びたケーブルが黒い箱に繋がっててな。箱の
上にはな。灯油缶が乗ってるんだよ」
「・・・・・」
「暖房用の灯油かな。それともなんか燃やすのかな?」
「燃やすんだろうな・・」
「ところでさ」
「・・・」
「化けるの試してみる?」
「試したかねえよ」
「でもさ」
「・・・」
「あの液晶画面の数字さ。ハッピーニューイヤーのカウントダウンの可能性は
 ないかな?」
「この状況で・・あるかよそんなこと」からすの声を無視してうずらは続けた。
「でさ。新年と同時に黒い箱からプレゼントが出てさ。
 サプライ〜ズ・・とかさ」
「あのな。黒い箱が爆発して灯油が燃えてな。ここが火の海になったらな。
 俺はかなりな・・・驚くぞ」
「ああ。やっぱサプライ〜ズじゃん」
「妙なこと言ってねえでどうすりゃいいのか考えろ!」
「五里霧中だ」うずらが言った。
「・・・・・・?」からすは返事をしないがうずらは話を続ける。
「カレーつくるときさ・・ジャガイモを一緒に煮込んでさ、イモが煮崩れして
 溶けてさカレーがドロドロになってさ甘くなるってのがあるだろ。
 あれってさあ・・」


***


「監督が言ったろ。『当たって砕けろ』って」
「だから爆発で砕けるかもしれないんだって」
後ろ手に縛られたまま身動きできない二人。この状況をからすは罵りうずらは
笑う。
またうずらが話を始めた。
「やっぱあれだな」
「・・・」
「織田信長も最後は灯油で燃えて熱かったろうな」
「時代的に灯油じゃないだろうけどな」
「じゃ何油?」
「知るか!」
数分黙っていたうずらがまた話し始めた。
「あのさ」
「今度はなんだ?」
「キャットフードは人間の口には合わないもんだな。
 まずいよアレ」
なんの良いアイデアも浮かばないからすはうずらの話を無視して結束バンドで
結ばれた手首を力任せに動かしたが金属パイプはびくともしない。
「あっ」声を出したうずらに向かってからすが「どうした?」と聞いた。
「あと6時間だ。ってことは今午後6時だ」
「・・・」
「マルの夕御飯の時間だ」
「こんなときに猫の飯の心配なんかしてんじゃねえ」いらついたからすが喚く
とうずらのブカブカ軍用コートの内ポケットからサバトラ柄の猫が顔を出した。
からすの耳に背中越しに猫の鳴き声が届く。それからドサッと床に着地する音
が響いた。
「マルなのか?マルがいるのか?」からすは大きな声をだした。
「だから夕御飯の時間なんだって」うずらがそれがどうしたというような声音
で言った。
身体が柔軟なうずらは右足のつま先でコートの内側を蹴ると外側のポケットから
フリスクのケースが床に落ちた。うずらは左足のかかとを振りおろすとケースが
壊れて中から茶色い粒状の猫用ドライフードが床に散らばった。
マルはゴロゴロと喉を鳴らして喜んだ。キャットフードを頬張るマルの音がか
らすの耳へ背中越しに届いた。ガツガツと。
「どうして・・」
「昼ごはん食べなかったろ。マルを家に置いとくの心配だから連れてきたんだ
 よ。ご飯をせがんだらあげようと思ってさ。ほら。フリスクのケースに入
 れてきた」
「早く言えよ」
「さっきキャットフード食べたらまずかったって?」
ガツガツとマルが頬張る音はまだ続いている。
「おい。何やってる?マルにこの結束バンドを噛み切らせるんだ」言ったからすに
うずらは呆れたような声で返答した。
「だから。夕御飯の時間なんだって」
「早く食べ終われよマル」
マルの食事の音が止んで数分たったが結束バンドを噛む音も感触もしない。
「マルはなにしてるんだ?」聞いたからすに「決まってるだろ」とうずらは言
うが「だからマルはなにしてるんだよ?」と再度からすが聞いた。
「眠ってるよ。食後だもん」
「おい!」
「黒い箱の上で眠ってるよ。ああ。あの箱さ。暖かいんだなきっと」
「・・・・・」
残り3時間とうずらが言うとカリカリという音がからすの耳に届いた。
「なんだ?」
「タブレットPCの液晶画面で爪とぎしてるよ」
「危ねえから止めさせろ!」からすが悲鳴にちかい声をだした。
からすの声を無視してうずらが暢気な声をだす。
「今年も残りわずかだな」
「・・・・・」
「ちょっとさびしいな」
「・・・・・」
「でもあれだな。まだ手つかずの新年がたっぷり残ってるもんな」うずらは笑
いながら言った。
「ああ。ここを抜けだして新年に手を付けねえとな」からすは喉をごくりと鳴
らして答えるとマルにむかって「こっちだ。こっちに来いマル」と叫んだ。
マルが小走りに近寄ってくる音が響いた。トコトコと。
「そうだマル。こっちだ。こっちに来い」
音がする。カリカリ・・カリカリと。
「鉄パイプで爪とぎなんかしてんじゃねえよ」からすが言うとうずらは仕方ないよ
という声で「爪とぎしないと古い爪がかさぶたみたくなって困るんだって」と言った。
「・・・・・・」


***


「これからどうする?」
「これで終わりだ。もう連中には関わらねえ」言って廃工場の駐車場から背後
を振り返ったからすは200メートル向こうで紅く燃える工場と湧き上がる黒
煙を見つめた。
「本能寺みたいだな」ぼそっと呟くうずらへ「見たことあるのかよ?」とから
すが笑って言った。からすが続けた。
「・・連中は俺たちが死んだと思ってるだろ?」
「うん。多分な。
 五里霧中で暗中模索の本能寺の変だって思ってるだろうな」
「オマエが変だっての」
「うん・・?」
「それにな。怖いヤツなんだよ・・あいつ。
 もう関わらないほうがいい」

二人が歩いて工場の敷地から出ようとすると見覚えのある黒のワゴン車が
コンクリート塀の前に停まっている。近づいてみるとワゴン車はフロントが塀に
突っ込み潰れていた。
「どういうこと?」うずらはからすに向かって言って続けた。
「これやったのオマエだろ」
「・・・」
「なんで一人で遊ぶんだよ」うずらは悔しがって拗ねながら言う「なあ。なに
 やったんだよ?」
「俺さ。食堂に行く前にさ。商店街で入浴剤を買ったんだ」
「なんのこと?」
「オマエが青空見上げて入浴剤かよ?って言ったからさ。
 青空みたいな風呂に入りたくなってさ。入浴剤買ったんだよ」
「・・・・・」
「その入浴剤をさ。エンジンオイルの中に入れたんだ」
「おまえトイレに行くって言ってそんなことしてたのか・・」
「知ってるか・・水と入浴剤を混ぜて密閉すると・・」
「ああ。ペットボトル爆弾だな。
 でもエンジンオイルじゃ・・」
「ああ。だから俺も半信半疑でさ」
「半信半疑か・・。
 まあスタンガンで失神した後の五里霧中よりはずいぶんましだ」
「まあな。それで結果はワゴン車がコンクリート塀に・・」
「当たって砕けろだ」うずらがゲラゲラ笑いながら言うとからすもつられて笑
った。

通りにでて歩いていると商店街にさしかかった。
「おい。まだ蕎麦食ってないよ」うずらが情けない声をだした。
「冷えるしな。熱い海老天蕎麦でも食うか?」からすが弾んだ声で言う。
「駄目だって。
 猫が甲殻類を食べると腰をぬかすんだって」うずらが毅然と言う。
「・・・・・」

「部屋に戻って酒でも飲むか?」からすは言うと「大晦日だしな熱燗で」とつ
けたした。
「八代亜紀の舟唄を聞きながら?」うずらはニヤニヤ笑った。
「ああ。オマエが倍賞千恵子なら抱きしめてるよ」
「高倉健は刑事の役だよ。オマエには似合わない」
「あのな。高倉健は日本の男なら全員憧れていいんだよ」

商店街を中程まで進むとスピーカーから除夜の鐘が鳴り出した。
「始まったな」からすはニヤニヤ笑っている。
「ああ。手つかずの新年がな」うずらもニヤニヤ笑う。
「今年もよろしくな」言ってからすは右手で拳をつくりうずらへ差し出した。
うずらは左拳でからすの拳をパンッと叩き今度はニコニコ笑ってこう言った。
「こちらこそ」



【蛇足】
長らくご無沙汰しているあいだに大晦日になってしまいました。
今回は年末のご挨拶がわりに慌てて書きました。

みなさん今年はどうもありがとうございました。
新しい年がみなさんにとって実り多い日々であることを願います。


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