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プロローグ


冷蔵庫を開けた男が舌打ちした。

「なんだ。ビールとチーズしか入ってないじゃないか」

男は仲間からイヌと呼ばれていた。
いつもの白い麻のスーツを着ていた。
33歳。ケミカルの専門家だ。
合法および非合法薬物、洗剤から火薬に至るまで精通していた。
あらゆる化学物質を駆使した工作を得意とする男だ。
製薬会社ラボ研究者から花火師へ転職したのは仮の姿だ。


「冷蔵庫に入れるモンでビールとチーズ以外の何があるんだよ!」

イヌに毒づいた赤ら顔の男はサルと呼ばれていた。
コンプレッション・ウエアの下で筋肉が波打っていた。
35歳。格闘術の専門家だ。
人体のあらゆる骨格構造に精通していた。
人間の関節に触れ、たちどころに「骨抜き」にしてしまう技術をもっていた。
ジムのフィジカル・トレーナーは仮の姿だ。


「うるせーよ、2人とも。ボク音楽を聴いてんだからさ」

短い髪を7色に染め分け、虹色テキスタイルのワンピースを着た女はキジ。
30歳。情報操作の専門家だ。
通信傍受からハッキング…2進法世界を自在に操るサイバー・クイーンだ。
MacBookのリターン・キーを叩くと画面に…サルのEメール、携帯・LINE・Skype通話履歴、
クレジットカード決済履歴、パスモ使用履歴、FaceBookログイン情報が流れてきた。
Webプログラマは仮の姿だ。


サルが喚いた。

「なあ。この女に言ってくれよ。身内の情報を探るんじゃねえって。
 なにニヤニヤ笑ってんんだよ!」

サルが話しかけたこの部屋の主はモモと呼ばれていた。
白いTシャツに青のデニムを穿いた、ひときわ大柄な男だ。
38歳。口角を挙げにやついていたが一重の目だけが笑っていなかった。
右手でビール瓶をもち、喉の奥でククッと笑った。
チームリーダーでプランナー。
専門も仮の姿もあったもんじゃない。
生粋のペルソナ・ノン・グラータだ。


***


築30年の古びたマンションの8階にあるモモの部屋。

モモに促され3人がテーブを囲み席についた。
先に口を開いたのはサルだ。

「今回のネタはなんだ?」

「・・・・・・」
モモはすぐに返事をせずビールを喉に流し込んでいた。

「ネタもそうだが…クライアントはどうなってる?」

「・・・・・」

「この前のようなふざけたクライアントだったらオレはのらない。
 それになんだったんだ、この前の作戦は。
 おかげでどれだけひでぇ目にあったんだよ」

「そうだな。モモの持ってくるミッションは少々リスクが高いな…」

「どんな作戦にもリスクはつきものだ。
 イエニスタから前線のメッシへのパスがいつも通るとは限らない」

「ふふっ」

「キジ、笑ってるんじゃねえ。
 あのな。あんなのはリスクとは言わねえんだ。
 無茶なだけだ!」

「オレが危険球を投げたってのか?」

「確かに。打者の胸もとに投げたカーブも曲がらなければ死球になるな」

「イヌ、お前までのん気なこと言ってんじゃねえ」

「カーブの投げすぎで肘を痛めた。
 最近はもっぱらナック・ルボールさ」

「はあ?
 余計たちが悪いだろうよ」

「ふふっ。ボクはモモが立案する作戦は好きだけどな、ワクワクする」

「いいかキジ。ワクワクってのはな、命をかけてやるもんじゃねえんだ」

「おいサル。オレがいつそんな無茶な作戦をデザインした?」

「よく聞けモモ。
 あんたのトランプにはジョーカーが何枚入っるんだ?
 ジョーカーってのはな1枚しか使えねえもんなんだ。
 ジョーカー頼みの作戦なんてな…そんなもん作戦とは言わねえんだ」
 
「3枚」

「ん?」

「オレはお前ら3人がジョーカーだと考えて作戦をデザインしてるけどな」

「ボクはクイーンがいい」

「オレは…坊主(芒)に月が好みだな」

「お前ら。ふざけるな」

サルは大きな音をたてビール瓶をテーブルに置いた。
「いいかげんにしろ。お前ら忘れたのか?
 前回の報酬はどこからオレの口座に振り込まれたんだ?
 ベトナムの架空口座からだ」

「洗濯機から出てきたきれいな金ばっかりじゃないってことだ」

「あのな。報酬に足跡のついた金を使うクライアントなんてクソだ!」

「だから、報酬が相場の3倍だったんだ…」

「だからって汚れた金の洗浄にオレの口座を使うってのはあんまりだろ」

「チームの中で足のついてない架空口座を持ってたのはな…
 お前だけだったんだ」

「新しい口座をつくればいいだろ!」

「時間がなかった。
 ヤツら仕事が終了した時点で言ってきたんだ。
 ギャラが相場の3倍のからくりを。にやにやしながらな」

「明らかな契約違反だ。どうして撥ねつけねえんだ?」

「あのな。1メートルの至近距離で35口径と対面してみろ。
 クソ生意気なガキだって教師の説教をおとなしく聞くだろ」

「ボクがあのあとサイバー・カジノをつかって綺麗に洗ってあげたじゃん」

「サルは清潔好きの潔癖症だからなあ」

「そういう問題じゃねえ」


***


医療大麻(マリファナ)はアメリカ、カナダ、イスラエル、イギリス、ベルギー、オーストリア、
スペイン、フィンランドで合法化されている。
大麻の成分カンナビノイド、THC(テトラヒドロカンナビノール)は
疼痛の軽減、不安や抑うつの緩和に効果がある。
医療大麻は主に慢性疼痛治療目的に乾燥大麻をパイプで喫煙する方法がとられる。
現在では合成カンナビノイドや合成THCも各国で処方されている。

アメリカでは医療大麻が17州で合法化されたばかりか、嗜好大麻も2州で合法化されている。
2014年1月コロラド州で嗜好品として合法大麻が販売された。
その価格は思いのほか高かった。
コロラド州のマリファナ愛好家はこうSNSに投稿した。
「こんなに値段が高いなら合法化なんてクソくらえ!」
それに対し他州の愛好家からはこんなSNS投稿があった。
「僕の住むシカゴでは、その値段で僕らが買えるのはギャングが売る限られた品種だけ。
 同じ金額で豊富な品揃えの安全で高品質なマリファナを選べるのなら、
 僕は喜んでコロラドの雪の中で並ぶよ!」

州の管理下で生産された大麻は医療大麻への割当が殆どで、嗜好大麻への割り当ては少量だった。
それが販売価格高騰の原因だった。


***


モモは腕組みをといて煙草を吸い始めた。
太く長い煙を吐き出すと話し始めた。

「いいか。将来、合法の嗜好大麻が大量生産され安価で市場に流れれば
 非合法大麻は大打撃だ。品質と安全性では太刀打ちできないからだ」

「非合法組織は少し慌ててるってわけか…」

「連中の栽培や運搬方法を考えりゃ安全性はかなわないもんね」

「しかも合法大麻は高品質…連中のより上物ってわけか、ククッ」

「新興マリファナのブランディングが品質管理と安全性ってのが笑えるな…」

モモはニヤリと笑って話を継いだ。
「そうしたらだ。予想外のヤツが登場した。
 誰も名前を知らないルーキーがとんでもない飛距離のホームランを打っちまったんだ」

「ん…?」

「どんな業界だってな。国や組織の管理から離れたところで、
 ブレイク・スルーを起こすヤツが出てくるもんさ」

「はあ…?」

「いいか。高品質つまり、カンナビノイドとTHCの含有量が多くてしかも安全な大麻を
 安価に大量に栽培する方法が発明されたらどうする?
 非合法どころか合法だって打撃を受ける」

マリファナに目がないキジが身を乗り出した。
「そんなのがほんとにあるの?」

「価格は知らない。ただし出来はとびっきりだ…そうだ」

化学薬品の情報に目がないサルが聞いてきた。
「それは自然栽培か?それとも化学合成薬か?」

「香りは間違いなく天然物だってことだ」

「香りは?」

モモは瓶に残ったビールを飲み干した。
西日の差す部屋の空調の温度を下げると話を再開した。
「3ヶ月前だ。新宿のはずれの酒場で深夜ぼや騒ぎがあった。
 厨房から火が出て店は半焼した。従業員と客には怪我はなかったがな」

「・・・・・・」

「店内から逃げる客の中に…ドレッド・ヘアの男がいた。
 風体は妖しいが、れっきとした香道の宗匠だ。
 男は香りの聞き分け(嗅ぎ分け)のプロフェッショナルだ。
 男は見逃さなかった。
 55歳のその男は香木を焚く香りを愛する一方、
 30年来のマリファナ愛煙家でテイスターだった」

「・・・・・」

「その火事で客が持ち込んだ鞄の中にあった乾燥大麻も燃えた。
 そのほかにも店内のありとあらゆる物が燃えてるっていうのに。
 その煙の中で…男は香りを嗅ぎ分けた。
 マリファナが燃えている香りを火事の煙のなかから嗅ぎ分けた。
 この香りは!
 中央アジア産じゃない、メキシコ産でもコロンビア産でもない。」

「火事の煙のなかで…マリファナの香りが嗅ぎ分けられるものなのか!」

「今と同じ質問をされたとき、その男はこう答えたそうだ。
 “嗅ぎ分けられるに決まってる。あれはとびっきりの上物だ。
 このオレだってあんな凄いヤツは生まれて初めてだ “」

「・・・・・」

「世界中のマリファナ煙を完璧に嗅ぎ分けられるその男が言ったらしい。
 ドレッド・ヘアに染みついた煙の残り香を堪能しながら言ったんだとよ。
 オリジナルだ。どこの土地のものでもない。
 こんな凄いヤツがあったなんて。
 クールなのにロケットみたいにぶっ飛ぶヤツは初めてだ!」

「・・・・・」

「世界1のマリファナはアフガニスタンでもコロンビアでもない。
 新宿の酒場にあったんだ」


***


サルが叫んだ。
「ちょっと待てモモ。
 このネタは赤坂の大使館がらみだって言うのか…冗談じゃない。
 オレは降りる。
 どうせ本社はD.C.じゃなくってバージニアの連中なんだろ?
 ふざけるな。危険すぎて手がだせるか」

「そのマリファナの栽培レシピとプラント技術を手に入れたい連中がいる。
 医者の処方箋なしに医療大麻を大量に欲しがる連中はだれだ?
 慢性疼痛の人間をたくさん抱えてる組織はどこだ?
 PTSDに悩んでる人間をたくさん抱えてるのは?」

イヌは難しい顔になった。低い声で呟いた。
「軍がからんでるのか…」

キジが鼻歌まじりに聞いた。
「そんなタフな案件なのにさあ…
 どうしてこのチームに依頼がきたんだろ?」

「クライアントが言うには…オレたちがプロフェッショナルだからなんだと」

「は?」

イヌがぼそっと息を吐くように言った。
「プロフェッショナルか…。モモがいつも言ってるあれか。
 スピードと深さと熱意」

キジが笑った。
「この仕事に熱意や情熱はどうかな…。
 それとさモモはよく怒鳴るけどね。
 お前らネジを締めろ!でも1番ネジが緩んでるのは誰だあ?」

イヌもつられて笑って言った。
「モモはよく言ってるよな。
 悪党は明るいのが1番だって…ハハッ」

モモは鼻をふんっとならして言った。
「やれやれ。
 プロフェッショナルはさておきだ。
 クライアントがオレに話を持って来たのは…まあ、あれだ。
 フリーランスってのはパートタイムの危ない仕事にはうってつけなんだ。
 それにな…退職金と年金の心配がない」

サルはなおも喰いさがった。
「こんな危険なネタなのにモモはどうして受けるんだ?」

「オレのクライアントとは別にこの件に首を突っ込んできた連中がいる。
 連中には3年前に苦い水を飲まされたことがあった。
 オレはな見た目と違って執念深いんだ。
 連中に仕返しがしたいんだ」
 
サルが目を丸くして言った。
「仕返しだぁ…ガキかよお前!」

モモが吠えた。
「オレは執念深いけど辛抱強くないんだ。
 オレはな。ホトトギスが鳴くまでなんか待てねえんだ!
 このチャンスに連中に一泡吹かせてやりたいんだ」

サルはどこかのネジが外れたようにゲラゲラ笑い出した。
「おい。そんなに笑わせるなよ」
哄笑が止むとサルは真顔になった。
口角を挙げると冷えた笑いがサルの顔に浮かびあがった。
「よし…分かった。つきあってやるよ。
 ヤラれっぱなしってのは確かに気分が悪い」

「ん…?」

「だってお前さ。喧嘩弱いだろ。
 物音たてずに敵を排除するには素手が1番なんだよ」

「ケミカルの知識がないと厳しい事案だな、これは」

「とびっきりの上物なんでしょ、そのマリファナ!」
 

椅子から立ち上がり冷蔵庫を開けたサルが舌打ちした。

「なんだよ。ビールとチーズしか入ってねえのかよ」


部屋の隅で暖かい西日にまどろむサバトラ猫がにやにや笑っていた。


The Heavy 「Same Ol’」



本稿は続きます…おそらく。今しばらくお待ちください。


【付記】

アメリカに本社がある世界第2位の食品・飲料会社P。
Pの炭酸飲料のCMがテレビに映っていた。
CMは「桃太郎物語」をモチーフにした映画の予告編のような作りだった。
このCMで使われていた曲が
The Heavy 「Same Ol’」

テレビを観ていたマルが振り返ってボクに言った。
「カッコいいね、この曲」
「うん。カッコいい」
「気分がアガるねこれ」
「うん。かなりアガる」
「クライム・ムービーとかに使いたい曲だね」
「うんうん」
「この曲をイメージして何か書いちゃうか?」
「えっ……」
「キャラは桃太郎物語にして…クライム・ノベル風にして」
「えっ……」
「ほれ!」


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【註】彼は…香道の宗匠ではありません




ボブのこと


午前7時、ボブはホテルを抜け出し朝食を求めてマーケット広場へ歩いた。

バルト海の乙女と呼ばれるヘルシンキ湾。

海を見渡す石畳の広場にはオレンジ色のテントのカフェがあった。


***


ボブは東京出張からロンドンへ帰る途中ここヘルシンキに立ち寄った。
理由は単純だ。東京のホテルの部屋で観た映画「かもめ食堂」が気に入ったからだ。


「それにしても昨夜はまいった」

昨夜遅く空港からヘルシンキ市内に入ったボブは夜道に足を取られ転んで怪我をした。
ズボンの膝に血が滲んでいたが歩くのには問題ない、骨は大丈夫のようだった。

荷物をホテルの部屋に放り投げ酒を飲みに外へ出た。

軽く飲んで食べ店を出るとタクシーをひろった。
タクシーに乗り込むと中年男の運転手が話しかけてきた。

「ヘルシンキはどうだい?」

「どうもこうもないぜ。
 どうしてヘルシンキの夜道はこんなに暗いんだ。
 おかげで転んで足を擦りむいちまった。
 バーに入れば…なんだあの値段は!
 そりゃあ物価が高いとは聞いてたさ。
 それにしたってなんだ。
 ビール2本にサンドイッチで…
 どうしてあんな値段になるんだ……」

「それだけか?」

「…ん?」

「アンタの不幸な話はそれだけか?」

「まあ…そうだな」

「今度はオレの話を聞いてくれるか?」

「あ…ああ。聞こうか」

運転手の身に起きた不幸の話は約10分間続いた。
その話を聞いて運転手があまりにも不憫になった。
ボブの酔いはいっきに醒めた。
足の痛みも忘れていた。

提示された料金よりかなり多目のユーロを運転手に渡した。
ボブはこう言うほど運転手に同情していた。

「you are good man. everything will be all right. take care !」


ボブはタクシーから降りて呟いた。

「NAMAHAGE」

日本への出張は初めてだったが元々日本文化に関心があった。
但し日本文化の知識は少々中途半端でちょっと変質していた。

「不幸なヤツはいねぇがー!
 ついてないヤツはいねぇがー!」

なまはげが彼の不幸を取り去ってくれればいいのに。


ホテルの部屋に戻り、歯を磨きながら思わず声が出た。

「あっ!」

ボブは思った。
さっきの運転手の不幸話は本当だったのか?
アイツの話に気を取られて料金メーターもみてなかったじゃないか。


* **


4月といっても外出には手袋が必要なほど寒いヘルシンキ。
しかも今朝は小雨まじりの曇り空だ。
石畳の広場から見える青い海も霧にけむって遠くまではみえない。
広場には餌を目当てに集まったカモメがたくさんいた。

石畳の広場にたつオレンジ色のテントはカフェだった。
外から内側を覗くと朝早くから数人の客がコーヒーを楽しんでいた。
この寒さだ。屋外の席には殆ど客がいなかった。

ボブはテント・カフェ内に入った。
テント生地を透かして入り込んだ朝陽がカフェをオレンジ色に染めていた。
人々も木製のテーブルもコーヒーカップも…空気も音もオレンジ色に染まっていた。

香ばしく焼け上がったパンにはサーモンがぎっしり入っていて美味い。
コーヒーもなかなかの味わいだ。しかも2杯目は無料らしい。
テーブルの上では雀が遊んでいた。

パンを食べ終わったボブは背中のバックパックからノートを取り出し机においた。
2杯目のコーヒーを飲みながらノートをみた。
3日前、新宿の酒場でおしえてもらった日本語が書かれたノートだ。


* **


予備情報もなくふらりと入った新宿ゴールデン街の酒場「G」。
カウンターに座り1人飲んでいたボブは、
隣に居合わせた60代の男と意気投合した。
ボブは仕事で東京に来たグラフィックデザイナーだと自己紹介した。
隣の男は仏教の僧侶で俳人だと言った。
経を読み、俳句を詠むなら日本語のエキスパートに間違いないと踏んで、ボブは男に相談した。

「日本語は難しい。日常会話程度なら自信があったがとんでもない。
 たとえば…Yesと言う時にもいくつもの言い方がある。
 はい、了解した、それと…今日会った人にはこう言われたんだ。
 無論」

「ある種の職業の人間はこうも言うぞ。
 喜んで」

「なるほど。昼に入った回転寿司屋の店員がオーダーを受けるたび 
 に大声で言っていたよ。
 喜んで!
 僕はてっきり売上があがって喜んでるのかと思った」


ボブは以前からクールな漢字のタトゥーを腕に彫りたいと思っていた。
ボブはノートを取り出した。
英単語を書いて男に渡し、その横に同じ意味の日本語を漢字で書いてもらった。


* **


2杯目のコーヒーを飲みながらボブはノートをみた。
ロンドンに戻ったら腕に彫るタトゥーの漢字をどれにしようか思案した。


Hot:唐辛子

Love:床上手

Rock & Roll:転石

Happy:満腹

Power:愛

Trip:風


酒場の男は漢字を書きながら含み笑いを隠そうとしていたようにみえた。
まるで悪戯を隠そうとしている子供のように。

この漢字を信用していいのか?
昨夜のタクシー運転手の話は本当だったのか?
新宿の男は紳士的に漢字を書いてくれたのか?

ボブはコーヒーを飲み干すと海に目をやった。
小雨まじりの曇り空の下で波がゆっくり移動していた。

ふー。

旅で出会った友人を信用しないでどうする。
ボブはノートに書かれた1つの言葉を人差し指の先でトントンと叩き
これにしようと決めた。


『 Peace:笑顔 』


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言葉堂本舗

(有)言葉堂本舗でございます。

当店が扱っておりますのは、「言葉」でございます。

『世界は素敵な言葉にあふれてる』


当店が取り扱っております「言葉」は、

名言、きめ台詞、キャッチコピー
短歌、俳句に川柳、どどいつ
自由律詩に壁の落書き、便所の哲学
謳い文句、殺し文句、歌の文句にセロニアス・モンク


心はなやぐ言葉の数々。

『美辞に麗句にお世辞にヨイショ!』

貴方の気持ちをぐいっとアゲてみせましょう。


『羽を持たない心だって、空を飛ぶことができるんだ』

『そんなことができるの?』

『いいかいお嬢ちゃん。言葉使いのおじさんに出来ないことなんてないんだ』


さあさあ。心浮き立つ「言葉」の数々。

ここには禁句なんてものはありません。
『あしはフリーじゃき』(坂本竜馬)
「言論」と書いて「自由」と読みます。

ユーモアはあるが冷笑はありません。
ウイットはあるが皮肉はありません。


当店は、貴方にお似合いの「言葉」を探します。
貴方を励ます、貴方に寄り添う、そんな言葉を探します。
「言葉」のコンシェルジュです。

もしご希望でしたらオリジナル「言葉」の作成も承ります。


自分にフィットした言葉を呟くと……

元気が出ます。
勇気が湧きます。
アイデアが閃きます。
跳躍力が3%伸びます。
日の出が3/100秒早くなります。
風呂あがりに湯冷めしません。
ビールが美味しくなります。
ブラボー。



サテお立ち会い。
手前ここに取りいだしたるは素敵な「言葉」の数々。


この「言葉」、声に出してみてください。

『叱られて目をつぶる猫春隣』(久保田万太郎)

ほら。ふわりと春風が吹いて心が軽くなるでしょ。


この「言葉」、声に出してみてください。

『" Prisoner on the road "
 Cyclist is addicted to riding.
 He is the man trapped by road.』(Rapha 広告コピー)

魔の山 モンテ・ゾンコランを喘ぎながら登る、
ジロ・デ・イタリアの選手たちの息づかいが聞こえる。彼らは「路に囚われし者」。
ほら。身体がちょっと熱くなるでしょ。


この「言葉」、声に出してみてください。

『空を超えてラララ星のかなた  ゆくぞアトムジェットの限り
 心やさしラララ科学の子 十万馬力だ鉄腕アトム』(谷川俊太郎)

身体に力がみなぎり、自然に動き出す。
「こら。校庭で飛んじゃだめだって!」



それでは…ここからは当店オリジナルの「言葉」を。

『すべての男は本末転倒と役立たずの先に存在する』

ほら。気持ちが軽くなったでしょ。
男ってのはね。そんなもんなんです。
それ以上でも以下でもない。うんうん。


それじゃ次。これは強烈!

『すべての女は慈悲と理不尽のないまぜでできている』

ほら。はなから、男は女に敵わいって分かって気分が楽になったでしょ。
優しくて不合理…勝てる相手じゃないんだって。うんうん。



* **


M市オリオン横丁で焼き鳥屋を営むマコト65歳バツイチ。時々ロック・ミュージシャン。
昼過ぎに起床するマコトがくつろぐのは、ここ喫茶店「みよし」だ。
この店の一人娘が小夏だ。
小夏は、生意気だが愛嬌のある18歳。
愛嬌は女の武器だと自覚しているしたたかな高校生だ。

マコトと小夏はよくここでコーヒーを飲みながら話した。
小夏の口調は馴れ馴れしいが…マコトが小夏を言い負かそうと挑む口調は大人げない。

2人に共通しているのは、本好きであること。
好みのジャンルは違うが2人はよく本の話で盛り上がった。
そして言葉遊びが好きだった。


マコトと小夏がこの喫茶店で会うと、「言葉合戦」で勝負した。
ルールはこうだ。
お題の単語を決め、その単語を含んだ語句や諺を交互に1個ずつ出す。
言葉が思いつかなくなったり、間違った語句を言ったら負けだ。
まあ。他愛のない遊びだ。しかし2人は真剣だった。
言葉好きのプライドがかかっていたからだ。

「マコちゃん…じゃね…お題は、“犬”」

「犬畜生」

「犬鷲」

「犬死に」

「マコちゃんさあ、どうしてそういう言葉ばっか出してくるかなあ…」

「前半戦はな、相手を挑発するんだよ」

「あのね。そういう勝負じゃないでしょ、コレは」

「勝負ってのはな、なんでもありなんだよ。
 なんだ…もう負けか?」

「ふん!じゃあ…犬芥子」

「なんだそりゃ!」

卓上には国語辞典が置いてある。
相手が疑義を申し出た場合はすぐに辞典で調べて判定する。

「チクショウー。ほんとにあるんだな…犬芥子め!」

「ほら。マコちゃんの番」

「じゃあな。イヌイット」

「ギャハハ!なにそれ。
 イヌイットのイヌは日本語の犬じゃないでしょ!」

「えっ。だって犬ぞりに乗ってるのテレビで見たぞ」

「犬ぞりに乗ってたってイヌイットのイヌは犬じゃない!」

「ブハハッ。まいったか?」

「負けたのはマコちゃんだって!」

「じゃあ、これはどうだ…犬もほろろ」

「ケンは犬じゃないって」

「いるだろ。愛想がなくて、ほろろな犬が」

「ギャハハ…ほろろな犬ってなにそれ」

「だからいるだろって」

「だめ。けんもほろろは無愛想な犬のことじゃない!」



* **


市内にある百貨店の催事場に「言葉堂本舗」というプロダクションがやって来た。

新聞の折り込みチラシをみるとシステムはこうだった。

1.カウンセラーがクライアントの話を聞く。
2.言葉ソムリエがカウンセリングの結果をもとに言葉を選ぶ。
 クライアントを励まし寄りそう「言葉」を選ぶ。
 オプションでコピーライターがオリジナルの言葉をつくる。
3.デザイナーが文字をデザインし言葉を印刷出力する。


マコトと小夏は自分の「言葉」を探すため会場に行った。

北海道物産展の隣に言葉堂本舗の男2人が立っていた。40代前半と後半にみえる。
年かさの方はヒューゴ・ボスの黒いスーツに黒縁眼鏡。彼が言葉堂本舗主人。
カウンセラーで言葉ソムリエでコピラライターだ。
もう1人はコムデギャルソンの白いTシャツに青いデニムを穿いた男。
彼が書家兼デザイナー。墨と筆で和紙に揮毫するし、アドビ・イラストレーターで文字をデザインもする。


百貨店を出ると2人は分かれた。
1週間後に「言葉」が宅配で送られてくる。
その日の17時、開店前の焼き鳥屋で落ち合うことになった。
そこでお互いの選んだ「言葉」を見せ合うことにした。



* **


焼き鳥屋に入ってきた小夏はカウターに座った。

「ここに来る前にね…M市公園に行ってきた。
 市営球場の1塁側スタンドの席に座って…缶コーヒーを飲んだんだ」

「・・・・・・」

「市内の高校生が練習試合してた。
 春にね。缶コーヒーを飲むにはあそこが1番なんだよね。
 春風がまだちょっと冷たいけど、冷たい缶コーヒーをえいやって飲んだ。
 なんたって春だもんね」

「・・・・・」

「野球部員たちの掛け声。
 ボールをキャッチするグローブの革の音。
 風の音。
 金属バットがボールを打つ音と缶コーヒーのプルトップを開ける音。
 まだ硬い空気と土の匂い」

「どうしたんだ…小夏」

「デヘへ。拙者、春の詩人でござる」


床に寝そべっていたサバトラ猫のマルがむくりと起き上がりカウンターの下へ歩いてきた。
マルはジャンプして小夏の膝の上に乗った。
小夏が頭を撫でると…マルは欠伸をしてもう眠りはじめた。
小夏は隣の椅子に置いてあった黒革のトートバッグをカウンターの上に置いた。

「ほれ」

「…ん?」

鞄の持ち手の部分に紐付きの紙のタグがぶら下がっていた。
厚手の和紙をフィルムで覆ったタグだった。
タグには活版印刷風にデザインされた文字が印刷されていた。
 

『叱られて目をつぶる猫春隣』


「おっ。小夏が選んだのはそれか…」

「くぼまん良いよねえ」

「うんうん。この軽味がたまらんのう」

「わたしはね。ずうっと駘蕩でいくんだじょ」

「なんだよ、“じょ”って?」

「そんな気分なの」

「うんうん」

「それよりマコちゃんが選んだ言葉をみせなさいよお」

「ああ。オレのはつくった言葉だ…」

「つくってもらったの?」

「なに言ってる。
 オレの言葉はな…オレがつくったんだ」

その「言葉」は調理場の壁にあった。
その「言葉」が墨で書かれた和紙は無造作にプッシュピンで壁にとめられていた。


「なにアレ!」

「なにってなんだよ」

「だから、なんなのアレはって聞いてんの!」

「人間はな、引込みじあんじゃいけねえなって…」

「・・・・・」

「自分の得意技をバンバン出してドカドカ賑やかにいくぞって」

「・・・・・」

「もう出し惜しみしないでズンズンいくぞって」

「・・・・・・」


壁に掛かっていた「言葉」は…


『能ある鷹の爪』


「マコちゃん…わたしさ…帰る」





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盛岡の春風はまだ冷たい。
暖かな春の来訪を待ちわびるマルが一声長く鳴いて呟いた。

『春浅し空また月をそだてそめ』(久保田万太郎)

マルは…うんうんと頷きひとりごちた。

「世界は素敵な言葉でできている」





Peter Gabriel 「Solsbury Hill」



彼らはどこにいるんだ?


「どこにいるんだ?」


***


「やあ」

右手を挙げて食堂に入ってきたのは見知らぬ男だった。
茶色のジャケットに白い綿のパンツ。
右手には黒い鞄。

白い兎の…ぬいぐるみの頭を被っていて
背格好から男とは分かるが「見知らぬ男」といわざるをえない。

ただし。彼の職業はその身なりから一目瞭然だ。
彼は理髪師だ。
この町で白兎の頭を被ってる男は理髪師の一族だからだ。
因幡の白兎は鰐に毛皮を刈られたが
白兎男は客の頭髪を刈る。


白兎男は席につくとメニューも見ずに大声で僕に向かって注文した。

「ビールとナポリタン・スパゲッティをくれ!」

両切りの煙草を咥え火を点け煙を吐き出すと言った。

「麺は柔らかく茹でてくれ!アルデンテは嫌いなんだ。
 こしのゆるいうどんのようなスパゲッティが好きなんだ」


白兎男はグラスに注いだビールを一口飲んだ。
上着のポケットから革砥を出すと膝の上に置いた。
鞄から剃刀を出し革砥でを研ぎだした。

シューッ・シューッ・シューッ……

振り子が左右に振れるように一定のリズムで剃刀を研ぐ。
まるで。

「今オレは時間をつくってるんだよ」

とでも言い出しかねないリズムだった。

シューッ・シューッ・シューッ……


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* **


イタリアの物理学者エンリコ・フェルミ(1901〜1954/1938ノーベル賞)

【フェルミのパラドックス】
「宇宙年齢の長さと膨大な恒星の数から、宇宙には沢山の生命体が存在し、知的生命体も多数あると考えられるのに、なぜ地球に飛来した痕跡が無いのか」という「フェルミのパラドックス」を提示。
フェルミは「宇宙人は宇宙に広く存在しており、そのうちの数種は地球に到達しているべきだ」
と考察した。

1950年 フェルミは昼食をとりながら同僚との議論でこう言ったとされる。

「彼らはどこにいるんだ?」


* **


マコちゃんがビールを飲みながら3人の客にむかって言った。

「なあ。ヤツらはどこにいるんだよ?」

オリオン横丁の御稲荷さんの隣にある焼き鳥屋店内。

客の一人があきれて言った。
「宇宙人なんてどこにもいねえよ」

ちょっと聞けとマコちゃんは言うと話し始めた。

「400万年前に猿人、180万年前に原人、50万年前に旧人類のネアンデルター 
 ル人、そして20万年前にオレら現代人と同じ新人類…クロマニョン人だぜ。 
 この進化って本当かよ?
 オレが知ってる限りじゃよ。猿はずっと猿だぜ」

「うんうん。確かに猿はいつまでたってもパンツを穿かないよなあ」

「あのなあ。オマエはそんなにパンツを脱いでばっかじゃそのうち猿になるぞ!」

「でもよお。400万年もありゃあ猿人も人類にさ……」

「古代文明からはたったの5000年だぜ。人間だけ進歩のスピードが速すぎだろうよ。
 だからさ。猿と人類は違うんだって」

「そんだけ長い時間がありゃ猿だって一念発起で人類にだってならねえか」

「猿が何の一念発起だよ?」

「しっかり立ち上がろうと思ったんじゃないかな…」

「じゃあいいか。江戸時代の人間が今の人間を見りゃあ驚くだろ。
 江戸時代の猿は今の猿をみて驚くか?」

「はあ?」

「じゃあオマエは江戸時代の猿と今の猿の見分けがつくのか?
 つかねえだろ!」

「ちょっと待て待て。
 マコちゃんよお。
 人類の進化と宇宙人と何の関係があるんだよ?」

マコちゃんは煙草の煙を吐き出すと灰皿でもみ消した。
入り口の引き戸を開け赤提灯を消し、暖簾を外して引き戸を閉め鍵をかけた。

マコちゃんは声を低めて話し始めた。

「いいか。猿と人類は違う。
 人類は最初から…人類だったんだ。
 そして一部の人類は…実は地球にやってきた宇宙人なんだよ」

「・・・・・」

「エジプトのピラミッドなんて宇宙人の知恵を借りなきゃ出来ねえだろうよ」

「昔の人は力持ちだったんじゃねえか?」

「力の話じゃねえ、知恵の話だ!」

「・・・・・」

「ナスカの地上絵はどうだ……」

「マコちゃんが今着てるTシャツの犬の絵か?」


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「これはキース・ヘリングだ!
 ナスカの地上絵ってさ…空から見なきゃなんだか分からない絵だぜ。 
 宇宙人の仕業じゃなくってなんなんだよ」

「うーん。確かにアレは不思議だよな…」

「かぐや姫は月から来たってハッキリ書いてあるもんな。
 さるかに合戦はさ…おにぎりを持った蟹だぜ、エイリアンだろそりゃ」

「マコちゃん…本気で言ってんのか?」

「ギャハハ。さるかに合戦の蟹は違うだろ。
 でもよ。実際さあ、特殊能力を持った不思議な人間っているだろ。
 人間離れしたヤツ、人間業じゃないだろってことができるヤツ」

「・・・・・」

「連中はさ人間社会に紛れて暮らしてる宇宙人の子孫なんだよ」

「空海、織田信長…、乾隆帝、獅子心王(ライオンハート)リチャード……
 アマデウス・モーツァルト、アルベルト・アインシュタイン……」

「ほらな。思い浮かぶ連中がいるだろ…常人じゃないヤツらが」

「ヨハン・クライフ、ディエゴ・マラドーナ……、ジネディーヌ・ジダン」

「まっ、人間業じゃないよな…」

「ヨーダ、チューバッカ、ハン・ソロ」

「あれは実話じゃねえ!」

「裏の蕎麦屋の3兄弟」

「アイツらは奇妙で不思議だが特殊能力はねえ!」


* **


15世紀のフィレンツェ共和国のヴィンチに生まれたレオナルド。
彼は人類の内部を知るため人体解剖を行い詳細に書き込んだ図譜を作成した。

解剖台に裸で横たわった人類の男。
レオナルドは男の頭部に触れ呟いた。
「アリストテレスによると…
 人間の脳は3つの球根状の脳室に分かれる。
 第1脳室は“想像する”
 第2脳室は“考える”
 第3脳室は“記憶する”
 それは本当なのか……」

レオナルドは解剖台に横たわる男の頭部に鋸の刃先をそえた…。


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* **


16世紀の日本の僧雪舟。彼が82歳のときのことだ。
禅僧である雪舟が中国への憧憬から離れ日本人の美意識で日本の風景を描いた。

「天橋立図」

それは鳥瞰の構図で描かれていた。

雪舟ははるか頭上にかかる天の存在を感じていた。
そして天より地上を見おろす己の目を感じていた。
歩きながら己が頭頂の皮膚のシミが見えるようであった。

知恩院から天橋立へと巡り歩く。
沖合の冠島、沓島を見渡す。
周囲の山並みに目をやり両腕を左右に広げた。
目を瞑った。
大きく息を吸った。身体が膨らむのを感じた。
ゆっくり息をはいていった。身体が軽くなった。
船底のバラストを捨て喫水が上がる船のように身体が持ち上がった。

閉じたままの眼前に視界が開けた。
視線は知恩院を巡り天橋立を滑り上空へと飛翔した。
高く。高く。
遥か下…およそ三百八十間(約700メートル)の下方に拡がるのは
宮津湾と阿蘇海を南北に隔て横一文字にかかる砂州。
天より見降ろす天橋立の砂が陽を浴び輝いていた。

わずか三尺ほど下を飛ぶ鳶と目が合った…。


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***


マコちゃんは酒瓶棚に置いてあったラジカセを手に取りカウンターの上に置いた。

「ビートルズのさ。
 “サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド” だけどさ」

「ジャケットに写ってる福助が宇宙人なのか?」

「よく分かったな」

「やっぱり」

「あほう!そんなわけねえだろ」

「・・・・・」

「あのアルバムのラストの曲 “A Day in the Life” だけどさ…」

「ジョンがつくった曲だな」

「ああ。そこにポールが作ったパートを強引に繋げてるけどな」

「ジョンが宇宙人なのか?」

「奇妙な曲だと思わねえか?」


マコちゃんはラジカセの再生ボタンを押した。
“A Day in the Life” が始まった。

「うんうん。ここか!奇妙なのはここか!
 イントロのギターにかぶさるピアノにリバーブかけて…
 歌が入る前のギターの1拍目が裏から入るところか?
 ジョンは変拍子が好きだからなあ…」

「うるせえ。黙って最後まで聴けよ!」


***


ジョン・レノンは歌う。
『ランカシャー州ブラックバーンに4000個もの穴があいた。
 アルバート・ホールを埋め尽くすにはどれだけの穴が必要か分かったろう』


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冷たい風に揺れるランカシャーの広い草原。
風に揺れる緑の葉先は不規則なリズムで揺れる。
変拍子に揺れるランカシャーの牧草。
その揺れが無数の穴を取り囲む。
無数の穴はいつしか融合し1つの巨大な穴となる。

際限もなく黒く、無慈悲なほど暗い穴だ。
一人の少女が淵に座り穴を覗いた。
底は見えない。深さも分からない。
彼女が手を差し入れると肘から先が闇にとけ見えなくなった。


穴はどれほどの夜と闇をかき集めたのだろうか…。


ロイヤル・アルバート・ホールを埋め尽くした巨大な空洞。
ロンドン中部サウス・ケンジントンに開いた巨大な漆黒の空虚。
ロイヤル・アルバートの穴(ホール)だ。
音も啓示もない黒い闇。
少女は穴の淵で立ち止まると辺りをちらりと見渡した。
そこには誰もいないことを確認した。
少女の髪が揺れた。
ランカシャーの風がサウス・ケンジントンに吹き渡った。
少女は穴の中へ向かって声を投げた。


「どこにいるの?」


ゆらりと闇が動いた。
硯の中の墨が波をたてるように黒い闇が揺れた。


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* **


「ジョン・レノンはやっぱ宇宙人なのか?」

マコちゃんはゲラゲラ笑いながら言った。

「ばーか。そんなわけねーだろ!
 あんなに素敵なヤツは人間に決まってる。
 いいか。
 人間ってのはな…凄いんだよ!」

「だったら宇宙人はどこにいるんだよ?」

「うーん。人間の中に目立たねえように紛れてる可能性はあるよなあ。
 でもよお。意外と目立ってたりしてな…ギャハハ」

「……うん?」

「たとえばさ」

「たとえば?」

「兎のかぶり物した床屋とか」

「そんなヤツいるかよ!」





The Beatles 「A Day in the Life」





春よこい


春風に誘われて表に出たマルが大声で口上を語り始めた。

『知らざあ言って聞かせやしょう
 春まだ浅い盛岡の、冷たい風ふく弥生には。
 冬の名残か春の走りか存じませんが、梅も土筆も見当たらねぇ。
 オリオン横丁お稲荷さんがコンと一鳴きする春の宵
 コップ酒で頬ぉ赤らめる居酒屋の、男どもにも一目置かれる、
 ししゃもで酒飲むサバトラ猫さ。
 南部鉄瓶沸かせしお湯はちょいとアチチな猫舌だ。
 右手傾げて春風招き、駘蕩たるかな大欠伸。
「にゃぁ」と一節唸れば梅もほころぶ春の歌。

 不来方のお城のベンチに寝ころびて空をみつめし十五のオス猫。
 
 うららかな春日を浴びて目を細め、塀に寝そべり毛づくろい。
 小首傾げて佇むさまは、哲学者か吟遊詩人か、はたまた風来坊か。
 弁天小僧マル之助たぁ俺がことだぁ』

大見得を切って「手招き」ポーズをきめるマル。
名調子でキメ科白を放った。

『はぁるよ こい はぁやく こいぃぃ!』

「いよっ!鈴ノ屋ぁっ!!」
「いよっ!マル大明神!」

タン・タン・タ・タ・タ・タ・タ・タ・ターッン!

『タラの芽の天麩羅がぁ あっ 喰いてえぇなあぁ!』



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iPhone 5
シューズの上から履くオーバーソックス
最高気温6℃で今年初のロードバイク外乗り。
やっぱ外乗りは気持ちイイ。けど風で耳が冷たい。次回は対策必要だな。


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X100S


***


ここからは。
ちょいと告知を。
いや露骨な宣伝です。

当「誰も寝てはならぬ屋」ブログにもイラストで参加してくれてる
M.K.女史@うずまき堂 http://uzumakido.com
女史はイラストも描くが、本業はフリーランスのライターというか…。
雑誌記事執筆、TV番組取材・構成・脚本書き…etc.何が何やらの仕事ぶり。
昭和風味のしっとり沁み沁み文章からテクノロジー系ネタも書く。
「はたしてイカ納豆にはワサビか洋芥子か?醤油かポン酢か?」で論文も書ける(おそらく)
という筆力の持ち主です。

しかして1番の特技は「世界を面白がり愛でること」

女史がもう一人の女性と新規事業をキックオフしました。
事業名(社名)は……
「SCOOP & PENCIL(スコップ&ペンシル社)」略してスコッペン http://scoppen.com


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『東京都写真美術館の「植田正治とジャック・アンリ・ラルティーグ展」にて採取。
 展覧会のサブタイトルは「写真であそぶ」でした。
 本気で遊んでいる人の作ったものには、遊び菌が付着している…そしてそれは伝染する…』
(「SCOOP & PENCIL」ホームページより)



東京写美の2人展の少し前に某所で「植田正治のつくりかた」展がありました。
綿密に作りこまれた写真で知られる植田正治。
精妙に巧妙に……布石あり仕掛けありそして主題が結実する写真。
彼はどのようにして写真をつくったのか。
そして写真家 植田正治はどのようにつくられたのか。
写真にも写真家にも……物語があった。

スコップ&ペンシル社とは……
『スコップでモノに宿る物語を掘り起こし、ペンシルでそれを伝える』


小生はスコッペンの「アイデア出し」特約社員ということですが…
実態はスコッペンの「応援団」です。

M.K.「オレは応援団だからとか言って、ライトスタンドでビール飲んでばっかじゃだめなんですよ!」
マル「こいつに期待しないほうがいい」
M.K.「期待してるって誰が言いいました?」
C_BoY「・・・・・・・・」


***


M市オリオン横丁の雑居ビルにある「S&P探偵事務所」は物語を調査する。
クライアントは丹精込めてつくった自慢のモノを持って訪ねてくる。
探偵はこの稼業を始める前から知っていた。
たたずまいが美しいモノには……
探偵がクライアントにかわって祝福してあげたい物語がつまっていることを。
調査報告書に書かれた物語はクライアントがまだ見ぬ人々の胸をもうつ。



THE BLUE HEARTS 「情熱の薔薇」





ドカドカ賑やかに


僕のなかのキャビネットを開けてみた。
引き出しの中のインデックスカード『まく』をみてみると。


【走り】:煙にまく・尾行をまく

【旬】:酒に酔ってくだをまく・ ネジを巻く

【名残】:種をまく・水をまく


走りの時期に種を蒔くことなくことなく旬に花を咲かせることなくきてしまった
僕の時間をインデックスカードは言い当てていた。

旬を過ぎたオッサンの名残な僕はこれから種を蒔いて水を撒きたいと思っている。


先日18才の友人と話す機会があった。
「本の話」がしたいと言って訪ねてきた。
彼は本好きで…星新一からアルベール・カミュまで手当たり次第に読んでいる。
彼は肉体を鍛えるのが好きで休日には市営のジムで器具を使い負荷をかけている。
18才の男は充分すぎるくらい複雑で多様だった。


僕が30代になるまでインターネットは普及していなかった。
僕が今なにがしかの文章をブログに書くことができるのはネットがあるからだ。
何か分からないコトがあったら聡明な先輩や学徒に聞くことはない。
ネットで「検索」する。
多くの情報に触れると、それを単純化して理解しようとするところが僕にはある。
僕は「シンプル」に惹かれ…ときに酔う。
けれど。
シンプルの背後には多様性がある。
1人の人間だって手に余るほどの多様性をもっている。
僕はその多様性に耳を傾けたい。
多様性は複雑な味わいをもってくる。
甘味・塩味・苦味・酸味・アルカリ味・渋味…めくるめく組み合わせ。

シンプルな「まとめ」や「結語」の背後にある多様性にとても興味がある。


『単純な行為の後ろにある複雑な物語を味わいたい』


主義や嗜好でシンプルに括られた人間の中にある多様性に興味がある。

僕と18才の彼のなかにある多様性を因数分解したとき共通因数で括れない多様性を彼には話した。

あまり豊かではない「精神的辺境」の僕のなかにある……
「種」について彼に話した。



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岩手県立水沢高校はいわゆる「バンカラ」風制服のヤツがいて…写真部員が撮ってくれたこの写真に僕と一緒に写ってるのは「バンカラ」な応援団員です)



昨夜僕は、18才のオレと電話で話した。
ときには自分のまいた種で翻弄されていた18才のオレと。

オレ「まだ小説を読んでるの?」
僕「うん。年をとっても…架空好きのままだ」
オレ「映画は観てる?」
僕「今日も観た。『人生の特等席』っていう映画」
オレ「うん?」
僕「ビックリするぞ。ダーティハリーはスゲー監督になるんだ」
オレ「音楽は聴いてる」
僕「うん、聴いてる」
オレ「電話の向こうから聴こえるのは……?」
僕「U2」
オレ「ちょっと感動した。まだU2を聴いてくれてるなんて」
僕「そうか……」
オレ「まだビートが好きなんだね?」
僕「勿論だ!」
オレ「書いてる?」
僕「ぼちぼちな」
オレ「×××は……?」
僕「まっ最中だ!」
オレ「……わるくない」
僕「……ん?」
オレ「アリガトね」
僕「……」
オレ「アンタみたいなジジイになるなら……わるくない」

僕は思った。
わるくない。
「仕事はなにしてる?」「今は幸せ?」とか聞かない18才は…わるくない。


マルが言った。
「『走り』の小僧の時に種を蒔かない、水を撒かないできたから…
いつまでたっても『旬』にならないままオッサンになっちまった。
そんなオマエの何が『名残』だ!
これからも『走り』の小僧のままでいこうぜ。
聖杯を手に入れた円卓の騎士はキッド(小僧)・ガラハッドだった。
小僧で、走りのオッサンで…ドカドカ賑やかにいこうぜ」





拙ブログ『誰も寝てはならぬ』を開始したのは昨年2月24日のこと。
今後もよろしくお願いします。

オリオン横丁のマコちゃんのような天真爛漫なジジイを目指してドカドカいきます。


『エッジ……ブルーズをくれ!』


U2 「Ordinary Love




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DJバトル


雪がしんしんと降り続けていた夜のこと。

リビングのテーブルの上にはビールとワイン、それにチーズが置いてあった。

ボクとサバトラ猫マルとでDJ合戦が始まった。
ボクがiPadで、マルがiPodだ。
それぞれが別々のスピーカーに接続されていた。

ボクとマルが交互に曲をかける。
前後の曲をミックスして途切れることなく曲を続ける。
なにを選曲するかはお互いの自由だ。

ボクが曲をかけてる最中に……
マルからアイ・コンタクトで「行くぞッ」と合図がきたら、
ボクは曲をフェイドアウトさせマルが次の曲をフェイドインする。

これが意外に緊張する…選曲のセンスが問われるからだ。
ボクが曲をミックスさせた時、マルがあきれ顔で苦笑いを浮かべたりすると
ボクはちょっと傷つく。

今回のDJ合戦はロックしばりだ。
ヒップホップなし、レゲエなし、エレクトロニカなし、ハウスなし……
ごりごりのロックだけだ。


テーマは「血湧き肉躍るDJ合戦」


ビールとワインを飲みながらお互いが曲の気に入ったパートをかけあった。
前後の曲の流れを一致させたり、
前後の曲のミックスでグルーヴさせたり、
時には意識的に相手の前曲を潰しに行く!


およそ1時間が経過したときだ。


マルがディープ・パープル「ハイウエィ・スター」のAメロをかけた。

『Nobody gonna beat my car I'm gonna race it to the ground
 Nobody gonna beat my car It's gonna break the speed of sound
 Ooh, it's a killing machine It's got everything
 Like a driving power Big fat tyres and everything

 I love it and I need it, I feed it 
 Yeah, it turns me on
 Alright, hold tight
 I'm a highway star, yeah 』

リッチー・ブラックモアのギターとジョン・ロードのオルガンが
ユニゾンでリフを刻む。
イアン・ギランがシャウトする。


ボクはマルに目配せして、「ハイウエィ・スター」をジョン・ロードのオルガン・ソロが始まる前にフェイドアウトするように要求した。
マルはiPodのボリュームを徐々に絞っていった。
ボクは次の曲をフェイドインで重ねていった。

レッド・ツェッペリン「天国の階段」をギター・ソロの部分から始めた。
iPadのボリュームをマックスにした。

ジミー・ペイジのギターソロは曲をグイグイと引っぱっていく。
音はうねり螺旋を駆け上がっていった。
風が砂塵を巻き上げた。
「天国の階段」第3部……激しいパートが始まった。

ジミー・ページの切れ味鋭いギター・リフ。
ボンゾの…スネアとバスドラの革がいっちゃいそうな連打。
ジョン・ポール・ジョーンズの独特のベース・ランニング
ロバート・プラントはハイ・ピッチでシャウトした。

『And as we wind on down the road 
 Our shadows taller than our soul
 There walks a lady we all know 
 Who shines white light and wants to show
 How everything still turns to gold
 And if you listen very hard
 The tune will come to you at last
 When all is one and one is all
 To be a rock and not to roll.

 And she's buying the stairway to heaven 』


すると。
マルは右前脚を舐め次いで顔をなでた。
顔をなでながら口の端を曲げニヤリとマルが笑ったのをボクは見逃さなかった。
マルはなにかをしかけてくるつもりだ……。

『 And she's buying the stairway to heaven 』
ロバート・プラントの独唱の余韻が終わる前にマルは次の曲をかけてきた。
しかもいきなりの大音量だ。

マルは、
三波春夫「俵星玄蕃」を……
「俵星玄蕃」の浪曲のパートを大音量でぶち込んできた。


『時に元禄十五年十月二十四日、
 江戸の夜風をふるわせて、響くは山鹿流儀の陣太鼓、
 しかも一打ち二打ち三流れ、思わずハッと立ち上がり、
 耳を澄ませて太鼓を数え「おう、正しく赤穂浪士の討ち入りじゃ」
 助太刀するは此の時ぞ、もしやその中にひるま別れたあの蕎麦屋が
 居りはせぬか、名前はなんと今一度、逢うて別れが告げたいものと、
 けいこ襦袢に身を固めて、段小倉の袴、股立ち高く取り上げし、
 白綾たたんで後ろ鉢巻眼のつる如く、なげしにかかるは先祖伝来、
 俵弾正鍛えたる九尺の手槍を右の手に、切土を開けて一足表に出せば、
 天は幽暗地は凱々たる白雪を蹴立てて行く手は松坂町……』

『・・・・・・・・
 されども此処は此のままに、槍を納めて御引上げ下さるならば有り難し、
 かかる折りも一人の浪士が雪をけたてて
 サク、サク、サク、サク、サク、サクー、
 「先生」「おうッ、そば屋か」
 いや、いや、いや、いや、襟に書かれた名前こそ、
 まことは杉野の十兵次殿、わしが教えたあの極意、
 命惜しむな名おこそ惜しめ、立派な働き祈りますぞよ、
 さらばさらばと右左。赤穂浪士に邪魔する奴は何人たりとも
 通さんぞ、橋のたもとで石突き突いて、槍の玄蕃は仁王立ち……』


うおおおーッ。

ボクとマルは拳を突き上げ叫んだ。
それからボクの右手とマルの右前脚でハイタッチした。

歌が始まった。

『打てや響けや 山鹿の太鼓
 月も夜空に 冴え渡る
 夢と聞きつつ 両国の
 橋のたもとで 雪ふみしめた
 槍に玄葉の 涙が光る』


マルはボクを見てにっこり笑った。
声に出さなくてもマルが言いたいことは分かった。
『日本に生まれて良かったなあ……』

ボクはマルに言った。声にだして。
「さっ。もっと飲もうぜ!」

マルが大きな声で言った。
「よし。今度は広沢虎造しばりでDJ合戦をやろうぜ!」


外では雪が音もなく降り続けていた。



三波春夫 「俵星玄蕃」




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マコちゃん


反骨の人 マコト 66歳 


戦後ベビーブーマーには珍しく風のように漂う男
この男には一年中春風が吹いているのだろうか…
良くも悪くも…駘蕩たる性格でこの年までやってきた

風に揺れるコップから盛り上がったビールの泡
そんな泡のような男だ

しかしだ
マコトは自由気ままに育った泡男なのに骨が反っていた

不当な権力には屈しない 不当でなくても権力は気にくわない

納得出来ないことには従わない 納得しても…偉いヤツには従わない

一匹狼 群れない 寄り添わない でも人恋しくなる時だってある 

助けない 助けられない 連帯しない 連帯保証で痛い目をみた過去がある


身長:175cm 体重:75kg 筋肉質 握力左右ともに55kgw 垂直跳び:55cm 
職業:飲食店(焼き鳥屋)経営
嗜好:ショートピース/サッポロビール黒ラベル/サントリー角瓶
趣味:蕎麦打ち/ギター/○○○
尊敬する人:高倉健/ジョン・レノン
好きな映画:「居酒屋兆治」/「真夜中のカウボーイ」


* **


M市仲町商店街の裏側には居酒屋が集まる界隈「オリオン横丁」がある。

オリオン横丁の東端には地元民から「御稲荷さん」と呼ばれて親しまれている小さな神社がある。神主もいない小さな社(やしろ)だけの境内には赤い前掛けを首から下げた狐の石像が1つあった。

御稲荷さんの隣の土地に、赤い提灯を軒から下げた木とガラスの引き戸の小さな店があった。

『焼き鳥屋』という屋号の焼き鳥屋。
マコトの店だ。常連客はマコちゃんと呼ぶ。

店の名前もシンプルだがメニューもシンプルだ。
焼き鳥は2種(ねぎま、レバー)タレだけ。
飲み物は瓶ビール、ウイスキー、日本酒だけ。
銘柄は選べない。何がでるかはその日によって違う。
ウイスキーはストレート、日本酒は冬でも燗をつけない。
ビールもウイスキーも日本酒も瓶から注ぐだけ。
コップはビール会社のマークがはいったコップ1種類だけ。

たとえばこうだ。
ビールを飲み干した客が「マコちゃん日本酒」と言ったら
マコちゃんは無言で日本酒の瓶を傾けコップに注ぐ。
まだビールの泡が残ったままのコップに注ぐ。


* **


カウンター席8個だけの「焼き鳥屋」。

マコトはカウンターの内側に立ってビールを飲んでいた。
白髪ロングヘアは無造作にのばしただけ。
小さくて細い長方形型レンズの老眼鏡を鼻の上にのせていた。
青いデニムのGジャンにパンツ。
Gジャンの内側には白いTシャツ
Tシャツの胸には『Let Me Be』と黒い文字でプリントされていた。
首にマフラーを巻いていた。赤黒縞模様のACミランのマフラーだ。
顔は……ひねくれ者・拗ね者のそれだった。
そして顔にはちょっと幼さが残っていた。
そりゃそうだ。
中学生のように怒り、笑い、驚き、叫んでる毎日なんだから。

居酒屋照明70%くらいの光量の薄暗い店内には
1960〜1970年代のロックが流れていた。

午後8時になっても客は5時の開店と同時に入ってきた常連の3人だけ。
3人ともマコトの幼馴染みで同級生だ。
ヨシオがカウンターの内側に向かって口を開いた。

「マコちゃんよお、言いたかないけどさ…」

「じゃあ言うな」

「いや言う」

「じゃあ聞かねえ」

「オレが代わりに聞いてやるか?」

「オサムが聞いてどうすんだよ」

「じゃオレが…」

「アキラおまえまで何言ってんだよ!」


* **


5日前の昼下がりのことだ。
狐の石像の前に男が3人。ヨシオ、オサム、アキラだ。
3人は仲町商店街の店主だ。八百屋、肉屋、金物屋。
ここも日本全国津々浦々の商店街同様、ご多分に漏れず不況に沈んでいた。

3人は時代の風向きを読むのが苦手だった。
「やっぱITってよお」
「イット?」
「うん。代名詞だな」
このくらい…苦手だった。


10年以上前から不景気風に乗ってやってきた貧乏神に取り憑かれたような
仲町商店街だった。
そんな商店街の客足が半年前から以前にもましてごっそりと減ったのは
この石の狐のせいだと3人はにらんでいた。

「これだよ、これ。この右手」

「この右手かよお」

「ちょうど半年前だ。マコちゃんが狐を改造したんだ」

「みろ。狐が右手を上にあげて指人形の狐をつくってやがる…ああややこしい」



元々この神社はマコトの亡くなった父親が勝手に建てたもので
氏神もいなければ縁起も由緒もなかった。
現在マコトが焼き鳥屋をやっている場所に昔は寿司屋があった。
寿司屋を営んでいた父親。
その父親のいなり寿司好きがこうじて建てた稲荷神社だ。
握りより、巻ものより、いなり寿司が旨かった妙な寿司屋だった。
改造前の石の狐は右手にいなり寿司を握っていた。


1年前のこと、この神社の一画が市の区画整理の割り当て地になった。
「権力の横暴だ」と反骨のマコトは怒った。
商店街の連中は慌てた。不況に喘ぐなか、市当局とは揉めたくなかった。
オリオン横町の連中は喜んだ。「退屈は悪だ」が口癖の連中だ。

マコトは区画整理反対のアジ・ビラを道行く人に配った。
ギターを弾いて『パワァ トゥ ザ ピーポッ』と大声で歌いながら。

ビラを持って「焼き鳥屋」に入店すると抽選でビール1本…と書いてあった。
もちろん当たりくじはない。反骨だが気前はよくない。
マコトは怒ってはいたが嬉しそうだった。
数年ぶりに反骨っぷりを発揮できることにゾクゾクしていた。


ヨシオが言った。
「こりゃ指人形の狐じゃねえんだ」

「えっ……」

「野球でよ。9回裏ツーアウト、あと1人打ち取りゃ勝ちだってときな。
 選手はどうする?」

「……」

「こうすんだろ…指で狐をこさえるようにして…人差し指と小指をたててよ。
 叫ぶだろ。『ツーアウッ!ツーアウッ!』って」

「うん。やるな」

「狐が野球すんのか?」

「するかよ!」

「マコちゃんが言うにはよ。横暴な市を追い詰める願掛けなんだと。
 ツーアウトまで追い詰めるんだってさ」

「スリーアウトじゃなきゃ勝てねえだろ…」

「『選挙の達磨だって勝つまでは片眼しか墨いれねえだろ!』だってさ」


* **

10ヶ月前のことだ。
4人はオリオン横丁の喫茶店「みよし」に集まっていた。
幼馴染みの小春がやっている喫茶店だ。
4人は昼間からビールを飲んでテレビで高校野球を観ていた。
夏の県予選3回線。パン屋の息子がキャッチャーで出ていた。
1点差リードで勝っていた9回裏。
ツーアウトを取るとパン屋の息子は立ち上がり右手の指2本を突き上げ叫んだ。
『ツーアウッ!ツーアウッ!』

マコトがビールを1口飲んで言った。
「ほら見ろ。キャッチャーが右手の指を狐みたいにして叫んでんだろ。
 いいよなあ。この瞬間が1番シビれるんだ。
 もうちょっとで勝利に手が届くとこまできたこの瞬間がよ。
 勝ちゃあ試合は終わる。けどあと1歩のこの瞬間は永遠だ…」

試合は逆転サヨナラ負けで終わった。

マコトはコップに残ったビールを飲み干すと言った。
「そいつがいくつだろうがさ、たとえ18歳だってさ。
 それぞれの年のゲームはいつか終わるんだ…」

マコトは立ち上がって出ていこうとした。
ヨシオが叫んだ。
「マコちゃん金置いてけよ!」

「つべこべ言ってねえでさっさと金払って…御稲荷さんに来い」

「どうして…」

「何言ってんだ。キャッチボールするにきまってんだろ」


* **


カウンターの内側のマコトにヨシオが言った。

「いいや。今夜はどうしてもマコちゃんに聞いてもらう。
 いや。マコちゃんに何としても料簡してもらわなきゃいけねえんだ」

「うん?」

「うんじゃねえよ。マコちゃんが石の狐をつくりかえてからなんだ。
 狐が右手の指で狐をつくってからなんだ。
 それから商店街の客足がさっぱりなんだよ」

「ずっと前からさっぱりだったじゃねえか」

「狐の呪いだってみんな言ってるよ。
 あのツーアウト指の狐のせいで商店街の客足が減ったんだって」

「なんだと。石の狐が商店街を呪うかよ。
 あれはな、横暴な行政の市を追い詰めるために…」

「商店街が追い詰められちまったんだよ!」

「仲町商店街はもうツーアウトだよ!」

「あと1人…あと1人…」

「アキラ、おまえは黙ってろ!」

「なあマコちゃんよお。
 市よりさきに仲町商店街を追い詰めてどうすんだよって」

「もう少しだな」

「何がもう少しなんだよ」

「いいか。御稲荷さんと市役所の間には仲町商店街があるんだよ。
 あの指狐パワーでグワァッとさ…
 商店街を追い詰めたら、今度はその先にある市役所だ!」

「おいおい縁起でもねえ」

「ぎゃはは。そんな縁起があるわけねえ」

「なあ。そんなこと言わねえでよマコちゃん…元の狐に戻してくれよお」

「それは出来ねえ」

「どうして?」

「ロックは愛と反骨だ。ラブ アンド 反体制だ。
 市役所の連中には愛がねえ。オレはとことん闘う」

「なあマコちゃんよお。年寄り3人がよ、下げたくもねえ頭ぁ下げてるんだ。
 そこを曲げてよお…」

「ぎゃはは。
 あのな。オレらは同級生だ、同い年だ。
 おまえらが年寄りの頭を下げるなら、オレは年寄りの胸を張る。
 堂々と闘う。
 ぎゃはは。楽しいぞお。いいからおまえらは黙って見物していろ」

「そんなあ。商店街はどうすんだよお!」

「大丈夫だ、心配するな。
 指狐パワーを微調整してな…商店街を迂回するようにするからよ」

「えっ。そんなことできんのか?」

マコトは口を大きく開けて笑ってから言った。
「できねえよ!」

「そんなあ!」


* **


1ヶ月前のこと。

マコトは喫茶店「みよし」のカウンターでスポーツ新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた
店番をしていたのは小春の孫娘の小雪だ。
店内にはマコトと小雪の2人。小雪は生意気盛りの高校1年生だ。

小雪がマコトに聞いた。
「ねえ。どうしてマコちゃんは区画整理に反対なの?」

「いい質問だ。
 いいか。区画整理の説明会のとき市役所の連中は計画書を配って言ったんだ。
 30項目あった。区画整理をすると30項目の良いことだらけだ」

「だったらイイじゃん」

「よく考えろ。30個も良いことがあって、悪いことが1個もないなんてよ。
 こんな胡散臭いことがあるか?
 偉いヤツらがもってくるきれい事と甘い話しには裏があるんだよ」

「そんなもんなの?」

「そんなもんなんだ」
 いいか。例えばだ。人間で考えてみろ。
 どんな人間だってな素敵もあれば駄目もあるんだ。
 駄目が1個もない人間なんて信用できるか」

「マコちゃんはどうなの?」

「まあオレは…駄目が4割、素敵が6割だな。
 人間はな、これくらいが良い塩梅なんだ」

「6割なんてないでしょ!」

「バカヤロー。遠慮して6割って言ってんだ。
 それにな。
 オレはあの通りの景色が好きなんだ……」

「うん。わたしも好きだなあ。あの御稲荷さん」

「ところで小雪。
 音頭をつくるんだけどさ。
 音頭っていったらリズムはやっぱレゲエか?」


* **


翌日マコトは「御稲荷さん」でギター1本のライブを始めた。
テレキャスターと小さなアンプにスタンドマイク。
「区画整理反対集会」のライブだ。
白い雲が浮かぶ青空が気持ちの良い午後3時だった。

マコトは青のデニムの上下に首にはACミランのマフラー。
いつもと変わらぬ服装だった。
ただし。老眼鏡は黒いサングラスに変わっていた。
1960年代にボブディランが愛用したレイバン「ウェイファーラー」だ。

マコトは自慢のサングラスをして口の左端を曲げニヤリと笑った。
無言のままギターでイントロを弾き始めた。
1曲目はバッファロー・スプリングフィールドの「ミスター・ソウル」。
マコトはニール・ヤングのように身体を小刻みに揺らしギターを弾き歌った。


ラーメン屋の従業員のような「反骨」と書かれた…白いTシャツをきた4人の女性が観衆にビラを配っていた。
幼なじみの小春。小春の娘で出戻りの小夏。小夏の娘の小雪。
椅子に座ったままビラを配っていたのは小春の母親の小梅だった。

反対集会のライブなのにMCもなしに演奏だけが1時間以上続いた。

マコちゃんが話し始めた。

「次が最後の曲なんだ。今日のためにオレがつくった曲だ。
 若い連中は知らないかもしれないけどさ…
 昔さ歌謡曲にさ、ブルースっていうジャンルがあったんだ。
 それでさ。「反骨ブルース」ってのをつくったんだけどさ…
 歌は暗いより明るいほうがいいしさ…。
 みんなで歌えるほうがいいからってさ音頭にしちゃったんだ。
 『反骨音頭』だ!
 歌謡曲とロックの炊き込みのような曲になったぜ!
 それじゃさ…『反骨音頭』コーラス&ダンスの4人を紹介するぜ。
 小雪、小夏、小春、小梅…
 『それそれガールズ』だあ!」

Macと接続したスピーカーから打ち込みで作った演奏のイントロが流れてきた。
それそれガールズ4人がマイクを持って歌い始めた。
『あぁそれそれ あちょいとそれそれ それそれそれそれぇ』
 
マコちゃんがギターをかき鳴らし歌い出した。

『長いものには巻かれない それ  
 多数決には屈しない それ  
 きれい事には騙されねえ それ  
 それそれそれそれ  
 反骨音頭を歌いましょう 反骨音頭で踊りましょう  
 
 偉いヤツには屈しない それ  
 ◯◯のヤツらにゃ捕まらねえ それ
 追い詰められても諦めねえ それ
 それそれそれそれ
 反骨音頭を歌いましょう 反骨音頭で踊りましょう
 
 背中を丸めて歩かない 反れ  
 猫背の野良にも注意する 反れ  
 だけど犬より猫が好き それ  
 それそれそれそれ  
 反骨音頭を歌いましょう 反骨音頭で踊りましょう

 重い荷物はしんどいぜ それ
 昇り坂はきついけど それ
 坂の上には雲がある それ
 それそれそれそれ
 反骨音頭を歌いましょう 反骨音頭で踊りましょう

 坂の上には雲がある それ
 坂の上には雲がある それ
 それそれそれそれ
 反骨音頭を歌いましょう 反骨音頭で踊りましょう
 …反骨音頭でぶっとばすぅ!』



意外にも往来を歩くたくさんの連中が足を止めてマコちゃんの歌を聞いていた。
最後はあちこちで喝采がわきあがった。
少年も少女も。男も女も。おっさんもおばさんも。爺さんも婆さんも。
おおよそ100人くらいだろうか。
マコちゃんとそれそれガールズにあおられ全員が声を揃えて歌っていた。
「坂の上には雲がある それっ! 坂の上には雲がある それっ!」 


歌が終わり拍手が沸きおこるとマコちゃんが大きな声で言った。
「ゼッテー負けねえぞおッ!」
マコちゃんが右手を天に突き上げると、そこにいた全員が右手を突き上げた。
全員が右手の人差し指と中指で「ピース・サイン」をつくった。


100人のピース・サインの波が揺れるなかで…
マコちゃんの右手は人差し指と小指をたてていた。

「ウオーッ! ツーアウッ!ツーアウッ!」



* **


監督のカナイヨシスケはMacのFinal Cut Proで映像を編集していた。

「ツーアウッ!ツーアウッ!」

最後のシーンが終了しそのまま静止画像となった。
その静止画像にエンドロールのクレジット文字をレイヤーで重ねレンダリングした。

エンドロールの次に1枚のスチル写真をつないだ。
これがファイナル・カットだった。



スチル写真には4人が写っていた。
石の狐の左側にヨシオとオサム、右側にマコトとアキラ。
みんな大きく口を開けて笑っていた。
みんな右手で指人形の狐をつくっていた。

白い狐は右手に…稲荷寿司を握っていた。



Buffalo Springfield 「Mr. Soul」




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ROLL UP ONDO Vol.2


こんなことで…困ったときはありませんか…?


・ やる気がわかない
出がけに「やる気」を家に忘れて会社にきてしまった。

・ 勇気がわかない
ロッカールームに「勇気」を忘れて試合にでてしまった。

・ アイデアがわかない
ああ。これはいつものことなんだ……。

・ 「ワクワク」がわかない
 さあ歌おう。さあ旅にでよう。



『湧くんだよ 天然資源がボコボコと ほれ  
 沸くんだよ 良い湯加減に温泉が ほれ  
 わくんだよ 楽しいお話し次々と ほれ  
 犬が庭で吠えている ここほれここほれ  
 掘れば わくわく 世界のふむふむ  
 掘れば わくわく 世界のほぅほぅ  
 掘れば わくわく 世界のわくわく

 わくんだよ やる気と勇気がポンポンと ほれ
 わくんだよ パルスとアイデアぴーひゃらら ほれ
 わくんだよ トレヴィの泉でアモーレ ほれ
 猫が柱で爪をとぐ ここほれここほれ
 掘れば わくわく 世界のふむふむ  
 掘れば わくわく 世界のほぅほぅ  
 掘れば わくわく 世界のわくわく』

(1970年代から岩手県M市周辺で歌い継がれてきた「わくわく音頭」より)
「わくわく音頭」
作詞・作曲:ほれ仙人 歌・演奏:ほれほれボーイズ


* **


文学部心理学科『特別講義:わくわく概論』
○月○日 15時 第8講義室


イーハトブ田五三九 「ハンド・クラッピング音頭」は23:36から始まります




* **


盛岡市肴町 古くから続く商店街

「わくわく音頭」を口ずさみながらそぞろ歩く



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古い写真


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看板の文字は「釜部南」
南部鉄器の起源は南部釜(茶道用)から始まったとのこと





ビールのせい

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さよなら昨夜のビール。こんにちは今夜のビール。

今夜のビールの蓋を開けたときだ。
ポンッ。
瓶のなかからでてきたビールの精霊が言った。
「わたしの仕事は3つ。
 世界を救うこと。
 世界を悲しみから開放すること。
 そして…世界中のげっぷを監視すること。」


***


12才くらいの少女だった。
金色の髪を真ん中から分け両端は肩のした五センチくらいで揺れていた。
やや突きでたゆるいカーブを描いたアーチ状の額。
瞳は淡い緑色。
鼻はレガッタのボートの舳先のように少し上を向いていた。
頬にはチョコパウダーをふりかけたような茶色のそばかす。
口を開けると歯列矯正ワイヤーがついていた。
ネイビーブルーのブレザー・ジャケットに緑のプリーツ・スカート
白いコットンのボタンダウンシャツに黄色と緑のレジメンタル・タイ。

「麦芽100パーセント、アロマホップ100パーセント。
 オールモルト・ビールの精霊なの」

「麦汁色の髪にホップ色の瞳」マルが呟いた。
ジャケットの胸のエンブレムは「麦とホップ」の刺繍だった。



マルは彼女に…少女的精霊もしくは精霊性少女にむかって言った。
「ところで。君はだれなんだ?」

「わたしの仕事は3つ……」

「それはさっき聞いた。
 オレは君に救いを求めていない。開放を願うほど悲しみにくれてもいない。
 欠伸は日に何10回とするが、げっぷはしない」

「ねえ。ちょっといいかな。さっきさ、君はビールを飲もうとしてたけど…。
 君は猫だよね。サバトラ柄の猫だよね…。
 この点は間違いないかな?」

「実はそうなんだ…って、正体をあかす必要がないほど猫だよ。
 オレは猫だ。君の指摘したとおりだ。
 そして君は誰だ…正体をあかすのはそっちのほうだ」

「さっき言わなかったかな…ビールの精霊」

「それは聞いた。
 だけど…うん分かった!とか…やっぱりね!とは言えないな」

「そんな。わたしはビールの瓶からでてきたんだよ」

「うん。君はビールに関係する存在なんだとは思う、きっと。
 でも。だからといって君が精霊かどうかは……。」

「信じることはできない…もしくは理解するのが難しいとか?」


マルは右後ろ脚で首の後ろを掻いた。
顎を上に向け喉をのけぞらせ目を細めた。
幾何学模様の思惟を空中に広げた…。
ふう。
頭に浮かんだことは、とても的を得てるとは思えなかった。
ゴシップでさえない…そう思ったがマルは口を開いた。
少し口ごもり、体毛の下の頬を少し赤らめ。

「ビールのキャンペーン・ガールの可能性はないのか…とか」

「わたしの三つの仕事はビールの販促には関与していない。
 それに。
 どんなギミックを使ったらキャンペーン・ガールが瓶からでてこれる?」

「ある非公式な組織が非公開で開発した超現実的技術をつかって……」

「”非”や”超”をつかった考察はどこにも辿りつかない…でしょ?」

「たしかに世界は不思議で満ちている。そしてほとんどが理解をこえている」

「あのビートルズの曲…テープの逆再生をした音を使った曲とか……」

「それよりは君のほうがずっと不思議だ!」

「そう? ” Being for the benefit of Mr.Kite “の間奏のワルツは素敵だよ」

「ねえ君が精霊だとして。
 ビールの精霊ってのは…ビールのスピリット(spirit)なの?」

「うーん…自分でもよく把握してないんだよね。
 どっちかっていうと、エレメント(element)かな…」

「麦芽の精・ホップの精・酵母の精・水の精」

「……」

「うん。たしかに。君の薫りはビールの四精霊だ…」

「薫り…」

「猫の嗅覚を総動員すればわかる。
 君のそこかしかこから4つのエレメントが薫る」

「ねえ。わたしの仕事は3つ…」

「わるいけど、その話には興味がない。
 君の本質はその仕事じゃない。薫りだ。
 断言する。
 ビールは世界を救い世界を悲しみから開放するという事実と同じくらい
 揺るぎのない断言だ。
 君から4つのエレメントが薫るんじゃないだ。
 いま分かった。
 君のエレメントが薫りなんだ」

「わたしのエレメントは…薫り」

「あるいは…エッセンス(essence)」

「バニラ・エッセンスのような?」

「薫りのエッセンスじゃない。
 ビールの精髄としてのエッセンス。
 君はビールのエッセンスなんだよ」

「エッセンス……」

「ビールを飲む。
 グラスに口をつけた瞬間から口を離すまで一貫したなにかが内部へ注がれる。
 そして…揺るぎのないなにかを感じる。
 テイスト・フレイバー…だけじゃない。
 祝祭・歓喜・昂揚・膨張…。
 それがエッセンス」

「ロールケーキの断面のように一貫したもの?
 断面にはフルーツとクリームがぎっしり詰まって揺るぎがない?」

「フルーツぎっしりのロールケーキは大好きだ!
 でも今はビールのエッセンス…君のエッセンスの話しをしてるんだ」

「炭酸ガスが巻き起こすめくるめくげっぷとか?」

「げっぷはビールのエッセンスじゃない。
 それに…げっぷに人の心はめくるめかない!」

「わたしには…むずかしいね……」



「ごめん。オレの体内時計が、もう話す時間がないと言ってる。
 そこの椅子に座って本でも読んでいてくれ」

「………」

「オレはジャンプして君の太ももの上に乗る。
 それから、そこで眠るつもりだ」

「………」

「ビールの黄金色の薫りに揺られながら眠るんだ」

「黄金色のまどろみ……” Golden slumber “…」
 

マルは大きな欠伸をして寝返りをうった。
きっちり3時間眠った。
マルが目覚めてからのことだ。
奇妙なことがいくつかおこった。


***


およそ410年前、伊達藩水沢城下見分村(現在の岩手県奥州市水沢区福原)の領主で
後藤寿庵(じゅあん)という侍がいた。
彼は慶長元年長崎で洗礼を受けキリシタンとなり、慶長16年支倉常長を通じて伊達政宗に仕え、
水沢城下に1200石を給された。
寿庵は「洗礼者ヨハネ」の意であった。
寿庵は見分村の原野を開墾し現在に残る大規模な灌漑用水路をつくった。
まるで「荒野のヨハネ」を想起させるエピソードだ。


土地のキリシタンの民たちには
「汝の隣人を愛せよ、祝福せよ」の教えはなかなか染みこまなかった。

民たちに染みいった言葉はこれだ…「褒めよう」
村では日々の暮らしのなかに「褒め」が圧倒的に欠乏していた。
「褒め」はまたたくまに民の心に染みこんでいった。


『月がにっこり笑ってる ほれ  
 茶柱しゃんと立っている ほれ  
 風が稲穂をゆらしてる ほれ  
 褒めて褒められ褒め褒めて  
 褒めが地球を ほれほれほれ 回してる

 重箱の四隅を褒めてみる ほれ
 四角い部屋を丸く褒め ほれ
 羊飼いの少年が空のとんびに手をふった ほれ
 とんびはくるりと丸く褒め ほれ
 褒めて褒められ褒め褒めて  
 褒めが地球を ほれほれほれ 回してる』

(伊達藩水沢城下に慶長年間から伝わる『ほめほめ音頭』より)


***


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3時間後マルは体内時計に促され、欠伸をして薄目をあけた。
マルは床に敷いたラグの上に寝そべっていた。
部屋にはビートルズ「アビー・ロード」B面の曲が流れていた。

彼女はキッチンで胡瓜とトマトを切っていた。
オリーブオイルへ塩・胡椒・醤油・レモン汁を加え風味を整えたドレッシング
とてもシンプルなサラダだった。

彼女が座っていた椅子にいま座っているのは奇妙な男だった。
着物の胸にロザリオをさげた侍はこう言った。

「私が愛してるのは3つ。
 世界を祝福し褒めること。
 世界中の音楽に合いの手をいれること…ほれ。
 そして…ビールにとても良くあうサラダ。」


***


彼女はサラダをいれたたボウルをテーブルに置いた。

侍は自分の小皿に取り分けることなく、ボウルの中の胡瓜とトマトをフォークで串刺しにして
口に運んだ。
ワシワシと食べた。
ビールを矢継ぎ早に飲んだ。
ウグウグと飲んだ。

「ブハハハハ」

マルはまた欠伸をして聞いた。
「美味しい?」

「御意。ブハハハハ…」


彼女が言った。
「君にはやっぱりビールはいけないと思うの。猫なんだもん」

手には冷蔵庫からだしたサイダーの瓶をもっていた。

マルは慌てて叫んだ。
「開けちゃだめだ!」


彼女がサイダーの蓋を開けたときだ。
ポンッ。
瓶のなかからでてきたサイダーの精霊が言った。
「僕の仕事は3つ。
 世界を救うこと。
 世界を悲しみから開放すること。
 そして…世界中のげっぷを監視すること。」





NIAGARA TRIANGLE V0l.2 「A面で恋をして」



【註】


本作は架空まみれである勿論。

・ネコ(Wikipediaより)
ビール酵母サプリメントが好物であり、おやつ代わりに与える例もあるが、アルコールが入ってるビールを猫に与えるのは厳禁である。

・ 歴史上の実名の人物が登場するが内容は事実と架空のないまぜである。
端的に言うならば「ほめほめ音頭」は架空です。



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